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2013年5月11日 (土曜日)

Mother's Day.

「一度も愛したことが無いよりも、愛してから去られるほうがましです。」

僕が家を出る時、正確には父親に叩き出された時に母より伝えられた言葉だ。その時は真意の見えにくい言葉だったのだが、今なら分かる。今なら・・・。

 

僕らの世代の両親としては珍しくない亭主関白な父と、その父に三歩下がって付いて行く古き日本女性の母。

幼年に両親を亡くした父は相当に貧しい少年時代を過ごし、本人の様々な努力のみによって大学までを卒業。その後、裸一貫から事業を起こし成功させた。

父が晩酌で酔ったときなどは、俺が子供の頃には本当の貧乏が存在したが、今の貧乏はクレジットカードだローンだといった身から出た錆とも言える借金の貧乏だろう、今とは違って昔はそういう世の中だったんだ、と口癖のように繰り返していたことを思い出す。

そんな少年時代を乗り越えて成功した人だからこそ、自分の考えが全てに正しく、その経験則にそった教育を息子に施すことは父にとって当たり前のことだったし、何かあれば自分の考えや教えを通す頑固者でもあった。

母はどんな時もそんな父に異を唱えることはほとんどせずに父を支えていた。
当時の僕には、そんな献身的な母の姿は、父の犠牲となっているようにさえ見えたものだ。
父の成功の数パーセント、いや数十パーセントは母の内助の功によるところが大きいとさえ僕は思っているのだ。

母は父には従順だったが、子である僕には寛大で、寛容で、慈悲深い、唯一無二の存在であった。

僕の人生にレールを敷きたがる父と、「あなたは好きなことをしなさいね。努力を怠らなければ人は誰でもなりたい自分になれるのよ」が口癖だった母。父の前では決してその口癖が出ることは無かったが、人生という道に迷ったとき、今でもその母の口癖は僕の指針となっている。

不器用で分かりにくい愛情を持った父と、主人と子の間で揺れる愛情深い母に僕は育てられた。もっとも、レールを強いたそれが父の愛情だったと理解できるようになったのは成人を迎えてから随分と経ってからだったが。

 

男にとって父親とは良きライバルである、とものの本で読んだことがある。確かに一番最初に立ちはだかる壁のような存在かも知れない。
だからなのかは分からないが、当然のように十代の頃の僕は父に反発した。
レールを敷きたがる父への反発は、その時代の若者ならではの社会への反骨にも反映された。
今思うと相当に恥ずかしいのだが、あの頃は根拠のない自信に満ち溢れて「いつか、でかいことをやってやる」なんてことを呟きながら吸い慣れない煙草を学校の屋上で吹かしたこともあった。

その当時、放蕩に耽る僕は何度母を泣かせてしまったことだろう。

遊び感覚の万引きを見つかってしまった僕を引き取りにスーパーの事務所へ来たときも、深夜の喧嘩で補導された警察署の少年課に迎えに来たときも、バイクで事故を起こして担ぎ込まれた病院へ迎えに来たときも、いつも母は泣いていた。

そうして捻くれたまま殻だけは大人になり、選挙権を得た後も放蕩の限りを尽くす息子を父は勘当し、僕は家を出た。
あの時も母は泣いていた。

それぞれの涙の意味は同じだったのだろうか、それとも違っていたのだろうか。

僕はどの涙も同じ、ひとつの種類だけの涙だったと思う。
母は、自分に対する「情けなさ」で涙を流していたのだ。
決して僕を責めることなく、息子の放蕩は自分のせいだと泣いていたのだ。

昨今耳にするマザコンなどという下劣な言葉では言い表すことの出来ない結び付きと特別な関係が、母と息子には確かに存在する。
母と娘の結び付きも強いものだが、やはり母と息子の関係とは異質なものだ。

先ほど僕は、息子にとって父親は良きライバルだと引用したが、母との関係を一言で表すのは難しい。

自分が初めて心を開く異性ではあるが恋人と言うには語弊がある。かといって母に恋慕に似たものを感じたことが無いかというと嘘になる。

父の叱責と母のそれは全く違うし、褒められた時の気持ちまで違うのだ。
お母さんに褒めてもらいたい一心で何かを頑張った経験は男なら少年時代にひとつやふたつ必ずあるはずだ。
もっとも僕の場合は父親に褒められた記憶はあまり無いので、比較は難しいのだが。

ただ、これだけは断言できる。
僕にとって母は大きな愛そのものな人だった。

そして、そんな母が愛した男なのだから、父も大きな人だったのだと思う。(母をだしにしなければ父のことを言えない僕はいまだにガキだ。)

 

その母が亡くなった。

三寒四温を繰り返し、花冷えの混じる初春。例年よりも格段に開花の早かった桜が散るのと同じくして母もこの世を去った。

一昨年の夏に事故で急逝した父に続いての不幸は親戚連中から悔やみの文句に添えて「寂しくて迎えに来た」とか「仲の良いご夫婦だったから、ねぇ」と似たような内容を異口同音に聞かされた。

僕にしてみれば一昨年初頭に母の癌が発覚してからのことだから父が迎えに来たという感覚はないが、癌と化学療法の苦しみから逃れ、愛する人のもとへ向かったというのなら納得できる。

父が亡くなるまで勘当状態だった僕は、二人に初任給で何かをプレゼントすることも、銀婚の節目を祝うことも、そして、孫を抱かせてやることも出来なかった。

もう遅い。僕は最低の親不孝野郎だ。

 

お母さん、ごめんなさい。

父と僕のために苦労の絶えない人生だったでしょう。

自分よりも家族を優先し大切にしてきたお母さん。

あなたに沢山の涙を流させてしまうほど不出来な息子になってしまった僕に、今生の別れ際、癌と化学療法の副作用のために混濁する意識の中であなたはこう言いました。

「なりたい自分になれましたか?私の子供に生まれて来てくれてありがとう。」

お母さん、本当にごめんなさい、許してもらえないよね・・・ううん、きっとあなたは許してくれる。だけど、許してもらおうなんて思っていません。

でもね、僕もお母さんの子で幸せでした。

お母さん、お父さん、ありがとう。

生まれ変わっても、またあなたたちの子にして下さい。

今度はお母さんの笑顔だけが見たいから、ちゃんとした息子になります。

だから、お願い・・・。

 

お母さん、本当にありがとう。

僕を生んでくれて、愛してくれて。

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは、ハルルです。

明日は『母の日』です。

今年の3月。早く咲き過ぎた桜が散る頃に、友人のお母様が永逝されました。

私も葬儀に参列させて頂いたのですが、そのときの友人の喪主挨拶がとても愛情深く、心に響くものだったのです。

実際の、母と息子の関係というものを、私は聞いたお話や想像でしか感じることは出来ませんが、特別なものなのでしょうね。

彼のお話を元に今日の記事は書かせていただきました。しかしながら、私の創作部分もあるフィクションです。悪しからずご了承下さい。

 

誰しもがそうですが、自分が今こうしていられるのは生みの親、お母さんあってのことです。
一年に一度だけの『母の日』ですが、明日は日頃伝えることのない「ありがとう」を、言葉で、またはカーネーションなどのプレゼントで伝えたいですね。

いろいろな事情の母子がいらっしゃるでしょう。
素直に「ありがとう」を伝えられる母子もあれば、そうではない関係の母子だって・・・。
離れ離れになってしまっていて「ありがとう」を伝えることさえ出来ない母子だっていらっしゃるでしょう。

今在ることに感謝して、お母さんのことを想えば、それも素敵な『母の日』だと私は思います。

世界中の「お母さん」にとって、明日が素敵な一日となりますように。

 

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コメント

母の息子の関係性というのは奇妙なものかもしれませんね。
知り合いに息子を持つ母がいますが、彼女が言うには「小さな恋人」ができたような気分だとか。息子に対しては溺愛で絶対にマザコンにするんだと息巻いていました。

では息子からはどうなのかといわれると、うまく言葉にできないというのが正直なところです。
もっとも迷惑をかけ、もっとも感謝すべき対象であるにもかかわらず同時に最も疎ましい存在のようにも感じます。それは男という生き物のプライド、意地のようなものがそうさせているのだろうと思います

無理やり言葉にするなら、感謝したいのにできない存在、とでもいえばいいのか、自分でもよくわかりません。まあ、私的な意見です

投稿: メイ・GF | 2013年5月12日 (日曜日) 12時30分

>メイ・GFさん
最も疎ましい存在・・・ですか。男性のプライドや意地のようなものというのは私にはよく分からないものですが、ちょっと寂しいですね。。。
恥ずかしいのかしら、照れているのかしら。
感謝したいのに出来ないなんて、(ごめんなさい)ちょっとカワイイと思ってしまいました。(^-^;)
コメントありがとうございました。

投稿: ハルル | 2013年5月12日 (日曜日) 23時12分

私は母と息子の関係とはちょっと違う気がしますが、親というものは少し早く生まれた自分自身という感じですかね。
子供の頃は親(成長した自分)をみて「将来はこうなるぞ!」「将来はこうなるもんか!」と人生の目標・反面教師にしたり
自分が年をとってきていまだ一緒に暮らしているとなんとも居心地のいい最高の相棒が常にいる気がします。
それはそうです、自分よりずっと経験を積み重ねてきて自分をわかっている自分自身なのですから。
そんな最高の相棒に年に一度といわず何度でも、心の底から「ありがとう」を言ってあげましょう!

現実…私「母の日だから煎餅買ってきたぞ。」
   母「もう食べないんだけど…」
   私「´д`」

最後になりましたがこちらでははじめまして
こういうところに書き込みを入れるのは人生で初めてでしたのでお見苦しかったらアレしちゃってください
名前は偽名ですのでアークスの誰かと言っておきます、それでは

投稿: とある帽子の注文表 | 2013年5月13日 (月曜日) 21時38分

こんばんわさんです!ハルルさん!
お世話になった数は数え切れないのに恩返ししている数は数えるほど…

後悔しないようにしようとは思っていますでする…

投稿: りー | 2013年5月15日 (水曜日) 15時38分

>とある帽子の注文表さん
コメントありがとうございます。大歓迎ですよ(^-^)
親は自分自身を映す鏡ということでしょうか。なるほど、そういった一面もあるのでしょうね。
お煎餅のプレゼント、お気持ちはきっと通じてますよ。大丈夫(^_-)-☆

>りーくん
でもね、子供というのは3歳までに親孝行の全てを終えているというお話もあるんですよ。
きっとご両親にとっても「生まれてきてくれた」そのことが最高の親孝行なのではないでしょうか。
後悔しないように・・・そのお心構えこそが親孝行だと思います。

投稿: ハルル | 2013年5月20日 (月曜日) 22時21分

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