小説

2014年12月24日 (水曜日)

Wonderful tonight

今夜はクリスマスイヴ。
言わずもがな、25日クリスマスはイエス・キリストの降誕を祝う祭りのこと。

そして、24日の日没から午前0時までがクリスマスイヴ。

ここ日本でクリスマスは宗教祭事としてよりも、年末のイベントとして親しまれています。
そのことにため息を漏らす人もいるけれど、私は良いことと思ってます。

12月にはクリスマスと除夜の鐘。お正月には初詣。そして、2月には節分とヴァレンタインデー。
年末年始だけをみても宗教的に実に節操の無いこと・・・だけど、それぞれがもう恒例となっていて、大切な季節ごとの行事となっています。

何でも商売に結び付けて、と揶揄する向きもあるでしょう。
でもね、それで良いと思います。そんなことを言ってしまったら、いろいろなことに文句を言って周らなきゃいけない嫌な人になってしまいますよ?
それよりも、どんなことも楽しみのひとつとして取り入れることの出来る私たちの柔軟さや、自由なことを誇れば良いと思います。
そして、一年のうちに数回あるクリスマスやヴァレンタインデー、母の日と父の日、そういったイベントらは、普段はなかなか口にすることが出来ない「ありがとう」や「愛してる」そんな大切な言葉を伝えられる素敵な日でもあるのです。

そう考えたら、無節操でも良いじゃない?

 

 

お買い物を楽しみながらひとりショッピングモールを歩いていたら、面白そうな雑貨屋さんを見つけました。
先月までは違うテナントだったから入れ替わったのでしょうね。

そうだ!と思いついて、両親へのプレゼントを選ぶことにしました。ちゃんと他に用意はしてあったけど、追加で何か楽しいプレゼントがあったら良いなって思いついたの。

いろいろな商品が所狭しと並べられた店内は、クリスマスの装飾もあいまっておもちゃ箱をひっくり返したよう。
その中から選んだプレゼントは、お父さんには海外では人気の帽子を被った熊の可愛いキャラクターの湯たんぽ。イラスト付きのお料理レシピノートを作っているお母さんには100色がそろった色鉛筆のセットを選びました。

品物を持ってレジに並ぶ。レジは全部で5台あって、一列に並んでから番がきたら空いたレジへ向かうフォーク並びで順番を待ちます。
先ほどの無節操な宗教観のお話ではないけれど、こんな風にきちんと並んでレジを待つのもいかにも日本的。
そんなことを何気なく考えながらレジ係りの店員さんを眺めているとあることに気が付きました。

皆さんトナカイの扮装をしています。男性店員は着ぐるみだったり、女性店員は茶色のワンピースにトナカイの角を模したカチューシャを着けていたり・・・。
ぜーんぶトナカイさん!サンタさんコスチュームの店員さんはひとりもいません。

私の順番がきて、お会計を済まして商品を受け取るときに聞いてみました。

「どうして皆さんトナカイさんなの?サンタさんは?」

するとトナカイさんは言いました。

「今プレゼントを手にされているお客様ご自身がサンタさんなのです。私たちはサンタさんのお手伝いをするトナカイなんです。どうぞ、大切な方にそのプレゼントをお届けください。」

私は、何だか心が暖かくなって、ウキウキした足取りでBGMにヴァーン・モンローの“Let it Snow!”が流れる店を出て家路を急いだ。

 

Haruru_7127 

Merry Christmas

皆さんこんばんは、ハルルです♪

聖なる夜・・・皆さんのもとに素敵なことが訪れますように


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2014年11月27日 (木曜日)

月が綺麗ですね

皆さんこんばんは、ハルルです♪

Haruru_7114 

私は本が大好きです。もちろん、プロフィールの趣味の欄にも「読書」と記載します。
物語が好きなので主なものは小説ですが、実用書や歴史書(難しい本も多いので、興味をもった年代や地域などに限られますけど・・・^-^;)など、ジャンルやカテゴリーを問わず何でも読みます。

そんな本好きの私にこんなメールがアークスのお友達から届きました。

『こんばんは、今夜は月が綺麗ですね。』

この夜はお昼過ぎから降り始めた雨のせいで夜空は厚い雲に覆われ、とても“月が綺麗”と言えるものではなかったのです。そのお友達も同じ地域にお住まいなので同じく月は見えないはずです。
では何故、そのような内容のメールだったのでしょう?

私は本好きということで以前より知っていましたが、この『月が綺麗ですね』は、『あなたを愛しています』という意味として使われることがあるんです。
ご存知でしょうか?
この使われ方は「吾輩は猫である」や「坊つちやん」「草枕」などの著書で広く知られる明治の文豪、夏目漱石さんに関するあるエピソードからのものです。

夏目漱石さんが文壇を賑わす以前の英語教師時代のお話。
学生が“I love you.”を直訳で「あなたを愛しています」と訳したところ、夏目先生は、意味としてはそうだが、それでは日本語になっていない、「月が綺麗ですね」とでも訳したほうが良いという講釈を授けたそうです。
その“I love you.”がどういった文脈の中で出てきたものかは分かりませんが、直訳ではなく、翻訳としてはそのほうが良いということだったのでしょうね。
このエピソードが実際にあったものかどうかは正直わからないそうです。ですが、夏目漱石さんが“I love you.”を「月が綺麗ですね」と訳したとするこのエピソードはなんとも粋で素敵なエピソードだと思いませんか。

翻訳を学ぶ方や大学などで国文学を専攻された経験のある方には馴染みのあるエピソードなのですが、伺ったところ、最近でもツイッターなどで盛り上がったことがあるそうで、以前に比べて今では有名なお話なんだそうです。

そして最近では、この『月が綺麗ですね』には対になっている返歌のように『死んでもいいわ』とお返事すると「私も愛しています」という意味になるそうです。

これも明治の文豪、二葉亭四迷さんが“I love you.”を「死んでもいいわ」と翻訳した、というエピソードからきたお話なのですが、実はもとの英文(実際はロシア語の英語翻訳)は“I love you.”ではなく、“Yours・・・”なんです。
私もうろ覚えだったのでちょっと調べてみました。原本はロシア人作家ツルゲーネフさんの著書「片恋」。二葉亭四迷さんの翻訳本は1950年代に絶版となっているそうです。
そして、もともとのロシア語も、それを翻訳した英語も「あなたの・・・」という意味の“Yours”で、決して“I love you.”を「死んでもいいわ」と訳したのではありません。
ですが、その前後の文脈(ちょっと恥ずかしい内容なので省きます)を考えた場合に、その愛の言葉を「死んでもいいわ」と翻訳した二葉亭四迷さんにはさすが・・・とため息も出てしまいます。ただ、その時代性を考えるとこの翻訳は、心中を意図したものとされているそうです。

どちらのエピソードもその時代を反映したものだとは思いますが、日本人の心に沿うエピソードとして面白いですよね!

皆さんも愛の告白に「月が綺麗ですね」を使ってみてはいかがでしょう?「死んでもいいわ」と返ってくるかも知れませんよ?

え?そのメールへの私のお返事ですか?はい、こうお返事しました。

『からかわないでくださいね。曇ってますよ?^-^;』

 

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2014年11月21日 (金曜日)

お久しぶりです

皆さんこんばんは、ハルルです♪

Haruru_7108  

更新停止から約八ヶ月、本当に久しぶりの更新です。もちろん、その間もPSO2は時折少し長めのお休みをしながらも楽しんでいました。

更新停止の理由ですか?(’.’

生活サイクルの変化もあって、以前のような頻繁な更新が難しくなったことが一番の理由なのですが・・・。

PSUとPSO2の大きな違いは、ゲームの部分が(私が勝手に思っていることなので、不快に思われたらごめんなさい)PSO2のほうがすごく濃いと思うんです。

ゲームの部分、それは武器やユニットを(強化なども含めて)揃えることだったり、それらをクラスにあわせて上手に使いこなしたり、マイルームで行える様々なことをしっかりと進めていたり、ストーリーも進めて、各NPCさんのオーダーもほとんどをクリアしている。そういう部分。

でも、そういったゲームの部分の比重が大きくなった分だけ、PSUのときにあったプレイヤー同士の様々なコミュニケーションの部分が希薄になったように感じられるのです。
もちろん、だからってPSO2にそういったものが無いわけではありませんよ!今だって、時間を忘れてクエストにも行かずにお友達とおしゃべりしたり、新しいコスチュームを見せ合っておしゃれを楽しんだりすることはよくあります。

だけど、PSUのときにはいろいろなコミュニティで開催されていたユーザーイベントがPSO2ではほとんど見られません。(哀グラはずっと続いています!)
基本無料というシステムのせいで難しくなっていると教えてくださったお友達もいらっしゃいます。そうなのかもしれません。

具体的にこう・・・と言うのは難しいのですが、PSO2でのアークス生活は楽しいし、古くからのお友達、PSO2からのお友達、皆さんとも楽しくご一緒させていただいています。でも、ブログ記事として綴っていくのが何だか難しいのですよね。。。。
それはきっと、PSUにあってPSO2では希薄になってしまったゲームの部分以外のことが原因なのかな・・・とも思うのです。

だったら、なぜ更新したの?
はい。実は先日お友達と私のこのブログについてのおしゃべりになりました。
バックナンバーを見ていたら、すごく懐かしくなったし、楽しい気持ちが蘇ってきたよ、というお話でした。
そうなんです。ブログとして公開していると、私だけの思い出だけではなく、お友達と、また、ブログをご覧頂いている皆さんとも、思い出や楽しさを共有出来るのですよね。

タイトル通り、私にはPSUやPSO2を通じて、素敵なたくさんのお友達が出来たのですから。
これからは、毎日更新は無理でも、少しずつブログもまた楽しもうと思ったのです。

お友達皆さんと、また楽しみを共有できれば嬉しく思います(*^-^*)

 

Haruru_7109 

ダッフルコートが配信されました。

女子4名で記念撮影。あれ・・・えと、うん女子4名です!

可愛いデザイン。ブーツも良いですね!(^_-)-☆

PSO2ならではのデザインも良いのですが、こういった普通のデザインのコスチュームが、もっと増えてくれたら嬉しいな♪

それでは、今夜もオラクルへ行ってきまーす(^o^)丿

 

 

 

十年後の笑い話

何の臆面もなくお互いを親友と呼びあえる、そんな友人がワインの香りのする吐息と共にぽろりとこぼした。

私、何にでも否定的な人って苦手なんだよね
簡単に言うと、すぐに文句をつける人
何かを否定して批判するのってすごく簡単なこと
それを根拠に揶揄するなんて人は問題外
だから、そういう人はとても浅はかだと思う
自分を自分で貶めていることに気が付いていないのね
ネガティブになってしまうときがあるのも分かるわ
ある時がたまたまそうなら、それは仕方ない事だと思う
でも、ポジティブに生きることは、それだけで素敵なことだよね

常にポジティブであることは、幾つもある彼女の美徳のひとつ
それもさりげなく、自覚なんてまったくない彼女
私もそう思うから、私もそうありたいと思うから
彼女は本当に大切な友人

ほら、例えばお財布を落としてしまったとき
それがお気に入りだったら尚更だけど
がっかり、落ち込んじゃう
それに、キャッシュカードやクレジットカードも一緒だったら、
いろいろ連絡したり、手続きしたりって面倒ごとにため息も出ちゃう

黒目の勝った目をくるくる回しながらそう言った後、
彼女は微笑みながらこう付け加えた

でも、それはそのときだけのこと
次の瞬間には、またお気に入りのお財布を捜す楽しみが出来たって
そう私は思うの

“困ったことや大変なこと、そして、ルールや決まり事を手かせ足かせと思うのではなく、それらは何かを考えたり、行動したり、楽しむ上での大きなヒントになると思うこと”
以前読んだ本に書いてあった言葉を私は思い出していました
そう、ポジティブに生きるって、きっとそういうこと

だけど、難しいんだよね
何が・・・って、そう恋愛
恋に限って言えば、ずっとポジティブでいるってすごく難しいよ
何でもないことに幸せを感じたり
何でもないことで悩んだり
失恋なんてしたら、ダイエットは成功しないくせに痩せちゃったりしてね
その時は、もう恋なんてしないって誓っても
可笑しいよね、また誰かを好きになるんだもの
でもね、笑ったり悩んだり、泣いたり怒ったり
そういういろいろなことがあるからきっと楽しいんだよね
どんなにポジティブに生きている人だって、
悩みが付きものの恋愛を一度は経験しているはず・・・
ううん、恋愛でなくたっていいわ
悩んだり、泣きそうになってしまうこと、
そういうことを必ず経験しているよ
だって、それが無い人生なんて色彩を奪われたマティスみたいなものだよ?

分かり難い喩えかなと言って彼女は笑った
やっぱり彼女はポジティブな人
十年後にはどんな失敗もきっと笑い話になっているよね、と言いながらワイングラスを空にした彼女は自分と私のグラスに少しだけワインを注いでから、自分のグラスを目の高さまで掲げてこう言いました

十年後に話したい笑い話が出来たから、ずっと、ずーっと友達でいようね

私たちの笑い声に混じってグラスの当たる音が静かに響く夜でした

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2014年4月 1日 (火曜日)

エイプリルフール

私は駅に戻ると、慌てているために震える指を抑え込みながらメールした。

“ごめんなさい、支度に時間が掛かってしまって三十分ほど遅れそうです。”

ほっと息をつき、電車に揺られながらスマートホンを見詰めていると彼からの返事が来た。

“よかったー。実は僕も出掛けに仕事の連絡が入って、同じメールをしようと思っていたんだ”

彼とのデートは二週間ぶり。本当は毎週会いたいけれど、忙しい彼を困らせるようなわがままは言えない。
結局、待ち合わせ場所には約束の時間より四十分ほど遅れてしまった。
ターミナル駅西口の大きな地下広場にあるポリスボックス。その前が彼と待ち合わせるときの私たちの定番。
広場に通じるコンコースを歩きながらポリスボックス前を伺うと彼が既に待っていた。
小走りで近付いてから歩を緩め、後ろからそっと彼の腕にしがみついた。

「ごめんなさい、待ちました?」
「ううん、僕もついさっき着いたところ」

私の頭のてっぺんからつま先までを眺めてから、彼は微笑みながら褒めてくれる。

「今日もすごくお洒落して来たんだね。可愛いよ」

遅刻への嫌味ではなく、素直に褒めてくれていることはその笑顔から分かる。だから、嬉しいし、ちょっと恥ずかしい。

「いつもよりも一時間も早く起きたのよ?でも、遅刻しちゃった・・・ごめんなさい」
「おれも遅れたんだからお互い様。それよりもお腹減った。美味しいイタリアンを会社の先輩に教えてもらったんだ。行こう!」

 

 

 

ここは、あるターミナル駅西口地下広場の一角にあるポリスボックス前。僕は恋人の到着を待っている。
お互いの仕事が忙しく、会えるのは二週間に一度くらい。無理をすれば週に一度は会えると思うのだが、それは彼女にも強いることになってしまうので、我慢している。
彼女からメールが来た。少し遅れるそうだ。きっと服選びにでも時間が掛かったのだろう。僕のために、と考えるのは思い上がりだろうか。
すぐに返信して彼女を待つ。このひと時も悪くない。
そういえば、来月は彼女の誕生月だ。
何をプレゼントしようか、どこで食事をしようか、などと考えていると後ろから腕に軽い衝撃があった。彼女だ。

「ごめんなさい、待ちました?」
「ううん、僕もついさっき着いたところ」

彼女はいつもお洒落だ。ワインレッドのニットのアンサンブルにピンクベージュのスカート、ブーツは僕が去年のクリスマスにプレゼントしたものだ。首には落ち着いた色調のレパード柄のストールをゆるく巻いている。
ポニーテールを結んだ大きなリボンは子供っぽくならずに、逆に良いアクセントになっている。

「なぁに?そんなにじろじろ見ないで。恥ずかしいから」

おどけてそう言う彼女への褒め言葉はいつも自然に口から出てしまう。
傍目から僕らはきっと馬鹿なカップルに見えていることだろう。でも、そんなことは気にしない。彼女に出会えて本当に幸せなのだから。

それから僕らはイタリアンのお店へ向かった。
ネットの口コミ情報などを調べに調べ上げて見つけた隠れた名店と噂されるお店だ。
美味しいものが大好きな彼女の喜ぶ顔が見られたら最高だ。

 

 

 

 

「母さん、初めての東京なのによく迷わなかったね」
「少し迷ったわよ。でもね、とても親切な人が案内してくれたのよ」

今日、田舎から母が上京してきた。
幼い頃に父を喪った僕を女手ひとつで育ててくれた母だ。
僕は高齢出産による一人っ子。大学入学のために僕が上京するときに見せた涙は今でも忘れられない。
そんな母を初めて東京のアパートに呼び寄せた。初任給は母のために使いたいと思っていたからだ。
年老いた母を右も左もわからない大都会に呼び寄せるのだから、上野駅まで迎えに行くとあれほど言ったのに、気丈な母はひとりで大丈夫だからと頑として聞き入れてくれなかった。

「本当は、すごく迷ったんじゃないの?今時そんな親切な子いるわけないよ」

それを聞いた母はおおきくため息をつきながら、幼いころの僕を叱った時と同じような口調で諭した。

「いいこと、よくお聞き。たとえ私の話が嘘だったとしても、それが何だと言うの。一人息子を心配させまいと思った母心をあなたはわからないの?優しい子に育てたつもりなのに」
「い、いや、母さん、そんな意味では・・・」僕の言葉を断ち切るように母は続けた。
「母さんは嘘はついていません。でも、もしそれが嘘だったとしても、あなたの前にこうして居るでしょう。誰にも迷惑はかけていません。それに私を案内してくれた人に対して、あなたの物言いは失礼です」

母は年老いても何も変わっていない。母であることはもちろん、父代わりもしてくれていた母は僕にこうしていろいろなことを教えてくれた。

「そうだね。ごめん母さん。それで、その親切な人はどんな人だったの?」
「大きなリボンが印象的な綺麗なお嬢さんでしたよ」

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは、ハルルです♪

今日は4月1日、エイプリルフールですね。

いろいろな企業HPではジョーク記事がアップされています。「嘘をついてもよい日」に誰も傷つけない冗談は面白いですね(^-^)

そしてエイプリルフールには関係のない『素敵な嘘』もたくさんありますよね。誰かを傷つけたり、悪意をもって欺く嘘はあってはならないものですが、真実が全てにおいて最高の結果をもたらすものというわけではありません。

嘘は嘘でしょう、と仰る方もいらっしゃいますが、私は謙虚さからくるそれや、誰かを気遣う嘘は時として素敵な『優しい嘘』になると思います。

でも、嘘ばっかりはだめですよ?(^-^;)

今日の物語にいくつかの『素敵な嘘』が見つかりましたか?

 
 

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2013年5月11日 (土曜日)

Mother's Day.

「一度も愛したことが無いよりも、愛してから去られるほうがましです。」

僕が家を出る時、正確には父親に叩き出された時に母より伝えられた言葉だ。その時は真意の見えにくい言葉だったのだが、今なら分かる。今なら・・・。

 

僕らの世代の両親としては珍しくない亭主関白な父と、その父に三歩下がって付いて行く古き日本女性の母。

幼年に両親を亡くした父は相当に貧しい少年時代を過ごし、本人の様々な努力のみによって大学までを卒業。その後、裸一貫から事業を起こし成功させた。

父が晩酌で酔ったときなどは、俺が子供の頃には本当の貧乏が存在したが、今の貧乏はクレジットカードだローンだといった身から出た錆とも言える借金の貧乏だろう、今とは違って昔はそういう世の中だったんだ、と口癖のように繰り返していたことを思い出す。

そんな少年時代を乗り越えて成功した人だからこそ、自分の考えが全てに正しく、その経験則にそった教育を息子に施すことは父にとって当たり前のことだったし、何かあれば自分の考えや教えを通す頑固者でもあった。

母はどんな時もそんな父に異を唱えることはほとんどせずに父を支えていた。
当時の僕には、そんな献身的な母の姿は、父の犠牲となっているようにさえ見えたものだ。
父の成功の数パーセント、いや数十パーセントは母の内助の功によるところが大きいとさえ僕は思っているのだ。

母は父には従順だったが、子である僕には寛大で、寛容で、慈悲深い、唯一無二の存在であった。

僕の人生にレールを敷きたがる父と、「あなたは好きなことをしなさいね。努力を怠らなければ人は誰でもなりたい自分になれるのよ」が口癖だった母。父の前では決してその口癖が出ることは無かったが、人生という道に迷ったとき、今でもその母の口癖は僕の指針となっている。

不器用で分かりにくい愛情を持った父と、主人と子の間で揺れる愛情深い母に僕は育てられた。もっとも、レールを強いたそれが父の愛情だったと理解できるようになったのは成人を迎えてから随分と経ってからだったが。

 

男にとって父親とは良きライバルである、とものの本で読んだことがある。確かに一番最初に立ちはだかる壁のような存在かも知れない。
だからなのかは分からないが、当然のように十代の頃の僕は父に反発した。
レールを敷きたがる父への反発は、その時代の若者ならではの社会への反骨にも反映された。
今思うと相当に恥ずかしいのだが、あの頃は根拠のない自信に満ち溢れて「いつか、でかいことをやってやる」なんてことを呟きながら吸い慣れない煙草を学校の屋上で吹かしたこともあった。

その当時、放蕩に耽る僕は何度母を泣かせてしまったことだろう。

遊び感覚の万引きを見つかってしまった僕を引き取りにスーパーの事務所へ来たときも、深夜の喧嘩で補導された警察署の少年課に迎えに来たときも、バイクで事故を起こして担ぎ込まれた病院へ迎えに来たときも、いつも母は泣いていた。

そうして捻くれたまま殻だけは大人になり、選挙権を得た後も放蕩の限りを尽くす息子を父は勘当し、僕は家を出た。
あの時も母は泣いていた。

それぞれの涙の意味は同じだったのだろうか、それとも違っていたのだろうか。

僕はどの涙も同じ、ひとつの種類だけの涙だったと思う。
母は、自分に対する「情けなさ」で涙を流していたのだ。
決して僕を責めることなく、息子の放蕩は自分のせいだと泣いていたのだ。

昨今耳にするマザコンなどという下劣な言葉では言い表すことの出来ない結び付きと特別な関係が、母と息子には確かに存在する。
母と娘の結び付きも強いものだが、やはり母と息子の関係とは異質なものだ。

先ほど僕は、息子にとって父親は良きライバルだと引用したが、母との関係を一言で表すのは難しい。

自分が初めて心を開く異性ではあるが恋人と言うには語弊がある。かといって母に恋慕に似たものを感じたことが無いかというと嘘になる。

父の叱責と母のそれは全く違うし、褒められた時の気持ちまで違うのだ。
お母さんに褒めてもらいたい一心で何かを頑張った経験は男なら少年時代にひとつやふたつ必ずあるはずだ。
もっとも僕の場合は父親に褒められた記憶はあまり無いので、比較は難しいのだが。

ただ、これだけは断言できる。
僕にとって母は大きな愛そのものな人だった。

そして、そんな母が愛した男なのだから、父も大きな人だったのだと思う。(母をだしにしなければ父のことを言えない僕はいまだにガキだ。)

 

その母が亡くなった。

三寒四温を繰り返し、花冷えの混じる初春。例年よりも格段に開花の早かった桜が散るのと同じくして母もこの世を去った。

一昨年の夏に事故で急逝した父に続いての不幸は親戚連中から悔やみの文句に添えて「寂しくて迎えに来た」とか「仲の良いご夫婦だったから、ねぇ」と似たような内容を異口同音に聞かされた。

僕にしてみれば一昨年初頭に母の癌が発覚してからのことだから父が迎えに来たという感覚はないが、癌と化学療法の苦しみから逃れ、愛する人のもとへ向かったというのなら納得できる。

父が亡くなるまで勘当状態だった僕は、二人に初任給で何かをプレゼントすることも、銀婚の節目を祝うことも、そして、孫を抱かせてやることも出来なかった。

もう遅い。僕は最低の親不孝野郎だ。

 

お母さん、ごめんなさい。

父と僕のために苦労の絶えない人生だったでしょう。

自分よりも家族を優先し大切にしてきたお母さん。

あなたに沢山の涙を流させてしまうほど不出来な息子になってしまった僕に、今生の別れ際、癌と化学療法の副作用のために混濁する意識の中であなたはこう言いました。

「なりたい自分になれましたか?私の子供に生まれて来てくれてありがとう。」

お母さん、本当にごめんなさい、許してもらえないよね・・・ううん、きっとあなたは許してくれる。だけど、許してもらおうなんて思っていません。

でもね、僕もお母さんの子で幸せでした。

お母さん、お父さん、ありがとう。

生まれ変わっても、またあなたたちの子にして下さい。

今度はお母さんの笑顔だけが見たいから、ちゃんとした息子になります。

だから、お願い・・・。

 

お母さん、本当にありがとう。

僕を生んでくれて、愛してくれて。

 

 

 

 

 

皆さんこんばんは、ハルルです。

明日は『母の日』です。

今年の3月。早く咲き過ぎた桜が散る頃に、友人のお母様が永逝されました。

私も葬儀に参列させて頂いたのですが、そのときの友人の喪主挨拶がとても愛情深く、心に響くものだったのです。

実際の、母と息子の関係というものを、私は聞いたお話や想像でしか感じることは出来ませんが、特別なものなのでしょうね。

彼のお話を元に今日の記事は書かせていただきました。しかしながら、私の創作部分もあるフィクションです。悪しからずご了承下さい。

 

誰しもがそうですが、自分が今こうしていられるのは生みの親、お母さんあってのことです。
一年に一度だけの『母の日』ですが、明日は日頃伝えることのない「ありがとう」を、言葉で、またはカーネーションなどのプレゼントで伝えたいですね。

いろいろな事情の母子がいらっしゃるでしょう。
素直に「ありがとう」を伝えられる母子もあれば、そうではない関係の母子だって・・・。
離れ離れになってしまっていて「ありがとう」を伝えることさえ出来ない母子だっていらっしゃるでしょう。

今在ることに感謝して、お母さんのことを想えば、それも素敵な『母の日』だと私は思います。

世界中の「お母さん」にとって、明日が素敵な一日となりますように。

 

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2010年10月 5日 (火曜日)

【小説】雪の便り

「雪の便り」

 

―― 十一月十七日。毎年この日付をまたぐ頃になると、私の故郷には雪が降り始める。

 

 

 

 「じっちゃ、あれぁ、今ころどしてらんだべなあ?」

嫗(おうな)の問いかけには何も応えず、翁は厳しい顔つきで囲炉裏の端に煙管(きせる)の灰を落とした。

その仕草と翁の横顔だけで全てを悟ったように、嫗もまた黙りこくってしまった。

二人は、朝から降り始めた雪が、窓枠に降り積もっては崩れて落ちる繰り返しを、囲炉裏で手を炙りながら見詰めていた。

どれほどの時が経ったのだろう、嫗が思い出したように半纏の袂から一通の葉書を取り出しながら、白い息と共に口を開いた。

 「ほんだ、今朝よ、手紙っこ届いでらったんだじゃ。」

手紙?と訝しげに呟きながら翁は差し出された葉書を手に取った。

翁が葉書に目を通す間も、嫗は囲炉裏で手を炙りながら既に真っ白に染まった窓の外を眺めていた。

ふんと鼻を鳴らしながら、翁は何度も、何度も、葉書にかかれた文字を読み返していた。

 「おらんどぁ、幸せだなあ。こったに孝行の孫っこぁ、いるんだすけ。」

嫗は囲炉裏の火に照らされて真っ赤になった満面の笑顔を翁に向け、私にももう一度読ませてと葉書に手を伸ばした。

 「初雪がぁ・・・」

翁はそうぼそりと呟いてから立ち上がると、壁にかけてあるカレンダーへと歩み寄る。カレンダーを壁に留めてある釘には紐が括り付けられた鉛筆が吊るしてあり、それを手に取ると今日の日付の欄に孫の名と“初雪”と記した。

嫗も「よっこらしょ」の掛け声と共に立ち上がると、囲炉裏端から土間続きの玄関へと向かった。

 「ほんだな、これだばまんつ、わへるこど(忘れること)もねがべ。」

玄関から聞こえてくる嫗の言葉を胸のうちで反芻しながら、翁は煙管に火を灯した。

 

 

 

 

 

エディトリアルデザイナーになりたい。

夢を叶えるため――というよりも、自分の場合は夢で終わらせてなるものかといった気概のほうが強かった。

本州の北のはずれにある、住民のすべてが家族のような小さな田舎町から飛び出して、すでに二十年近くになる。

私が長男だったからだろうか、父母には上京を猛反対された。

十八年間生まれ育った自然に囲まれてのんびりとした田舎町は、短い春には色とりどりの花が咲き乱れ、夏には山々が思うさま緑を繁茂し、秋には町を含む一帯が赤々と燃えあがり、長い冬には何色にも染まらないという矛盾をもった白無垢で着飾るのだった。

上京して分かったことはいくつもあるのだが、自分の気持ちの中での一番の発見は、そんな故郷の自然を心底愛していたことに改めて気がついたことだろう。故郷で暮らしていた頃は忌々しい存在でしかなかった五月蝿過ぎる夏の油蝉や、人々の生活を脅かすばかりの豪雪さえも、今では愛おしい。

若気の至りも手伝った無鉄砲な上京で住まうことになった大都会の真ん中は、田舎町とはそのすべてが真逆であったからなお更だ。

街を行きかう人々はいつも足早に目の前を通り過ぎ、同じアパートの住人同士は顔を合わせることがあっても挨拶などはない。季節が感じられるものと言えば、商売と直結しているだけの季節感を無理やり演出する店々のショウウィンドウや人々の服装、車の排気ガスにさらされながらも健気に枝を伸ばす街路樹、そして“季節の一品”とわざわざ書かれた大衆居酒屋のメニューくらいだ。

それでも、立ち並ぶビルの隙間を吹き荒ぶ風の中に極僅かに感じられる季節の薫りを嗅ぎ取れるのは、生粋の都会人ではないおかげなのだろう。

 

 

食べていく為だけに続けていた週末深夜の工事警備員のアルバイトから解放されたのは、上京して十年ほど経ってからだった。

新生活開始からの三年間は、発行部数三千部という昆虫専門のマニアックな月刊雑誌を発行しているだけの、社長と社員、アルバイトを含め五名しか居ない小さな出版社と兼業した。小さな会社だからこそ小回りの利いた指導で、今の自分の礎となっているのは間違いない。

勤め始めてから三年ほど経ったある日、君はこんな小さな会社にいてはいけない――そう言って社長は、「でも社長・・・。」と俯く私の肩を叩きながら手には大手出版社への紹介状を握らせてくれた。

紹介された出版社には十二年間在籍した。
5年目には工事警備アルバイトとの兼業など必要のない十分なサラリーを貰っていた。さらに、書籍・雑誌編集部という休日出勤や残業などは当たり前という極めて不規則な時間割のもとで働いていたのだから、ほかの仕事との兼業などはそれこそ無理をしなければ出来るものではない。
しかしながら、外国人労働者を雇うつもりのないアルバイト先だったからだろうか、いつも人手は足りず、辞める機会を失ってしまい、そうと決めてから工事警備員に二年も従事していた。

プライオリティを自分で明確にして仕事を片付けていく――ということも、こうした経験から培ったものかもしれない。

兼業は肉体的には慣れていたので辛くはなかったが、二十代の貴重な数年間の週末をアルバイトに費やした私は、同じ年頃の若者が享受する当たり前のことさえほとんどなかった。

しかし、それが功を奏した。まったく…というわけではないが、遊びを覚えることも恋愛を楽しむことも無くせっせと働いた私は、三十歳を前に自分と同じ年頃の若者が持つ平均貯金額のおよそ三倍という資産を作った。

上京してから十五年目の春、その預金を元手にフリーデザイナーとして個人事務所を開業することが出来たのだ。

こうして、エディトリアルデザイナーとして独り立ちするための技術などは、専門学校などにも通わずに現場で叩き上げることで身につけた。

上京当時は右も左も分からなかった田舎者が、多少なりとも世の中の渡り方を覚えた十五年といっても良いだろう。

 

 

がむしゃらに突っ走ることだけを考えた十五年はあっという間に過ぎて、私を故郷とは疎遠にしていた。

上京することを両親に猛反対されたからというのもあるのかもしれない。ただ、いつも心に引っかかっていたのは、両親をなだめることで私を応援してくれた祖母と、ことの顛末には一切口を挟まなかったにも関わらず、いざ出発という朝に無言でお金の入った茶封筒を手に握らせてくれた祖父のことだ。

故郷を離れてから数年後の初冬、一度だけ二人に宛てた手紙を書いた。

そして、あれから祖父にも祖母にも結局会えないまま、私は今、祖父の家の居間に佇んでいる。

 

 

故郷に帰るきっかけは皮肉なことに上京を後押ししてくれた祖父の葬儀だった。米寿を過ぎた大往生であった。

しかし、よくよく考えれば皮肉などではない、不義理な自分のせいなのだ。そして、心底沈痛に思ったのは、あの優しく、いつも笑顔を絶やさなかった奔放な祖母までもが既に十年ほど前に亡くなっていたことだった。

フリーになるまでは、両親に連絡は取るまいとしていた自分のせいだ・・・。所在も分からぬのなら連絡の取りようも無い。

一度だけ出した祖父母へ宛てた手紙の差出人欄に書かれた上京後の住所も彼らの気遣いで両親には伝わらなかったのだろう。

厳格で派手なことが嫌いだった祖父の生前の言葉通りに、葬儀は密葬として親戚縁者だけでしめやかに執り行われた。

祖母が亡くなってからというもの、祖父独りで十年あまりを過ごしてきたこの古家に、今は祖父母の思い出を語り合う子や孫、曾孫の笑顔が溢れている。

玄関のある土間には石組みのかまどがあり、風呂もここに面している。1階には中央に囲炉裏のある板敷きの部屋と小さな仏間、二階は三畳ほどの和室のみという小さな家だ。

もともと平屋だったものを自前で改築したのだろうか…、不細工さは随所に感じられるのだが、家主が居なくなったにもかかわらず生活感溢れるその家は不思議な温もりに包まれていた。

囲炉裏を囲むように配置された足が折りたたみ式の背の低いテーブルには、寿司とビール瓶、そして酔った親戚の顔が並ぶ。私の故郷の葬式では、葬儀のあとに行われる故人を忍びつつ盛り上がる酒宴は大切な儀式なのだ。

自分の犯してしまった不義理が後ろめたいこともあり、私は酒宴の席を早々に立つと、何とはなしに玄関のある土間のほうへと歩み寄っていった。

土間からの上がりがまちに面して、祖父母の寝室であった二階へと続く階段がある。

階段に一歩踏み込んだとたん、家中に響いたのではないかと思えるほどの木の軋む音が立ったので、私は慌てて足を引っ込め踵を返した。

すると階段を背にした正面、楓の葉のレリーフが全面を覆うようにデザインされた擦りガラスの引き戸がはまっている玄関の脇に、黒板が備え付けられていた。

老人の二人暮らしでは、つい忘れがちなことなど――例えば、切れてしまった生活必需品などを気づいた時に書き記し、買い物に出かける前に玄関脇の黒板を見て確認したのかもしれない。

おそらく祖父が設置したものだろう。いかにも取ってつけたような施工のあとをみれば新築時からあるものとは到底思えない。

縦横五十センチ四方ほどの黒板は、その半分ほどの黒板を上下につなぎ合わせて作られていた。

その黒板には、かすれた白墨でこう記されている。

 

『十一月十七日の朝初雪を見る』

 

几帳面で厳格、愚直ともいえるほどに真面目だった祖父は、粋や風流、芸術や文学といった面白みとは縁遠い人だと勝手に思い込んでいた。

それが、なかなかどうして、祖父が初雪を楽しみにしていたのかと思うと、自然に私の顔もほころぶのだった。

さらに、この文章は二枚の黒板をまたぐように縦書きされているのだが、“の”と“朝”の間に黒板の継ぎ目があるために、『十一月十七日の 朝初雪を見る』と読めてしまうのである。

継ぎ目を本来の文節どおりの区切りにもってくるのなら、“朝”と“初”の間『十一月十七日の朝 初雪を見る』のはずだ。

何事にも几帳面な祖父が、こういうところは意外に雑だったのだなぁと感慨にひたりながらしばらく眺めていると、自分より二つ年上の従兄弟が背後の階段を軋みを立てながら下りてきた。

彼は上京することなくずっと地元に残っている数少ない親戚の一人だ。

 「ん?こんなところにぼーっと立ってどうしたんだい?」

私は振り返ることなく、黒板の文章を指差して彼の問いかけに「これ、いいね。」と答えた。

すると、私にとっては意外な答えが返ってきた。

 「あぁ、婆さんの書いたやつか。」

そう、これは祖父ではなく、祖母が生前に書いたものだったのである。

通りで、文節だ、黒板の継ぎ目だ、などと気にする風が無いのにも納得してしまった。

従兄弟の話では、それはもう十数年も前から黒板に書かれてあって、祖母が亡くなった後、あるとき別の用件を書き込もうと消してよいかと祖父に訊ねたら、ふたりの思い出だから絶対に消さないでくれと釘を刺されたそうだ。

「ああ見えて、意外に爺さんはロマンチストだったんだよ。」と笑いながら従兄弟は酒宴の席へと戻っていった。

ふたりの思い出――祖父は十数年もの間、毎朝独りで寝室から一階へ下りる度に、どんな気持ちで祖母の残した黒板の文字を見ていたのだろうか・・・。

 

その年の冬、僕の住む都会では珍しく十一月に初雪が観測された。十一月十七日だった。

 

 

 

 

外から帰った嫗は少女のようにはしゃぎながら玄関から囲炉裏端へと駆け込んだ。

「じっちゃ、みでのが。今年も今日が初雪になったな。」

翁は囲炉裏端で煙管を咥えたまま、ぱらぱらと降り始め、やがて窓枠に静かに積もっては崩れる雪を懐かしげにじっと見詰めていた。

 

 

 

 

 

★あとがき★

皆さんこんばんは、ハルルです♪

本日の更新は久しぶりの小説掲載です。今回のお話「雪の便り」ですが、このお話は麦さんのブログ記事(コチラです!)にインスパイアされ書いたものです。

上記リンクより是非その記事も併せてご覧下さい。お爺様とお婆様の切なくも愛情深いお気持ちがしんみりと伝わってくる素敵なお話(実話)です。

私の小説はフィクションですが、一部にそちらのエピソードも盛り込んだ内容となっています。

「雪の便り」では伏線がありながら、その後の記述のないものもあるんです。想像をめぐらして下さい。いくつかの伏線がどのような結果になったとしても、そこには不変の愛情があるはずです。

今回の小説は如何でした?麦さんの記事からも感じることのできたもの・・・、私の小説でも少しでも表現できていれば幸いです。

P.S. セリフの方言への変換作業、およびエピソードの使用をご協力ご快諾いただいた麦さんにお礼申し上げます。ありがとうございました。

 

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2010年7月 7日 (水曜日)

願いの短冊

ささの葉 さらさら

のきばに ゆれる

お星様 きらきら

金銀砂子

 

 

どこからか子供たちの無垢な歌声が聞こえる

ちかくの幼稚園から聞こえてくるのだろうか

マリコは厚い雲に覆われた空を

出窓にひじをつき、その手のひらの上にあごを乗せぼんやりと眺めていた

今日は七夕

マリコは子供たちの歌声を聞きながら思った

あの子達の書いた短冊には夢と希望に溢れた願いだけが綴られていることでしょうね、と・・・

 

 

 

いつもはほとんど行くことのないハンバーガーショップ。

ファーストフードとは無縁の友人たちに囲まれていたせいもある。

自分自身も決して好きとは言いがたい。

会社のランチタイム。勤め先の同僚に誘われるままに「たまにはいいかな」と入ったハンバーガーショップ。

注文カウンターの横に色とりどりの短冊で飾られた笹が活けてあった。

笹のそばのミニテーブルには、折り紙を切って作られたまだ願いごとの書かれていない短冊と、サインペン、そして筆ペン、それから、【ご自由に願い事を書いて笹を飾り付けてください】と几帳面な字体で書かれたメモが置いたあった。

注文した商品が出来上がるまでの時間にどうぞということ。

「へぇ・・・、筆ペンまで。」

いろいろな年齢層のお客が集まるお店なのだろう、サインペンのほかに筆ペンまで置いてあることに、店長の心遣いと粋が感じられた。

私も・・・と思い、筆ペンと空色の短冊を手にとって思案していると、ふと既に笹に飾りつけてある同じ空色の短冊に目がいった。

そこにはこんな願いごとが書かれていた。

『全品無料にして欲しい』

それも筆ペンによって書かれ、楷書体ではなく崩された字体だったが、すんなりと読むことができたので行書体なのだろう、そして達筆であった。

これを書いた人はいったいどんな人なのだろうと考え、あまりに無茶な願い事に可笑しくなって、「どうしたの?」という同僚をよそにくすくすとその場で笑い出してしまった。

楽しい気分のまま、いざ自分の願いごとを綴ろうと筆ペンを持ち直したときにふと我に返った。

願い事━━、それを尋ねられ、真っ先に心に浮かぶ願い事はひとつだけ。

しかし、その願い事は、失礼だがファーストフード店の販促の一環として活けてある笹に飾りつけるには不釣合いだし、何より『全品無料』よりも無茶な願いであることは自分自身が重々承知していることであった。
 

 

 

 

今日は七夕

朝からどんよりと雲っていたが、夕刻にはとうとう雨が降り出してしまった

七夕の雨は催涙雨。織姫と夏彦の涙・・・

晴れていたからといって、マリコの願いが聞き遂げられることはあり得ない

それでも、願ってやまない切ない想い・・・

「もういいんだよ?十分だよ。君は君の行く道を・・・」

そんな言葉が聞こえるたび、最後の言葉を聞く前に耳を塞いでしまう

分かってる、歩みを止めてしまっているのは私自身だってこと

分かってる、引き返す道があったとしても、その道は独りぼっちだってこと

分かってる、無垢な子供のように夢と希望だけに溢れた願い事を短冊に書けたなら、と。

それでも、短冊に書いてしまった本当の願い・・・

 

どれほどの時間をかけたのだろう

ゆっくりと1文字ずつ

何かを心に刻むように・・・

短冊を書き終えると、雨音がしていないことに気がついた

出窓に切り取られた夜空には、雲を少しだけ残して月が煌々と輝いている

そう、俯いて、囚われてしまっていては、雨があがっていることにさえ気がつかなかった

一年に一度きり

マリコは素直に良かったと思った

夜空に厚く垂れ込める雲だって、ひとしきり雨を降らせ霧散してしまえば

そこには輝く月と星々が顔を出す

 

それからマリコは新しく短冊を用意して、5つの願いごとを記した

お願いがあるの

うん・・・、ずっと、ずっと、私を見守っていて

 

 

五色のたんざく

私が かいた

お星様 きらきら

空からみてる

 

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2010年3月 6日 (土曜日)

復活?Turn Up The Radio!第二十八夜

ピッ、ピッ、ピッ、ポーン!

 

 

 

 

 

 

 

ハルルのTurn Up The Radio!

皆さんこんばんは、パーソナリティのハルルです♪

お久しぶり?はじめまして?しばらくお休みを頂いていたラジオ風ブログ、今夜復活です!

あ、、、復活!な~んて大袈裟なものではないのですけどね・・・f(^-^;)

毎週?隔週?また皆さんとのおしゃべりを楽しみたくて再開です♪

今夜もしばらくの間、お付き合い下さいね!

それでは、ラジオドラマ新作をお届けします。今回の物語はある男性の身に起こった不思議なお話のようですよ?

 

Haruru_3855 

 

本来二つで一つを成す対のものの片方が欠けているのは、あまりに不都合で、不恰好で、なんとも収まりが悪い。

その上、そうした状態にあるものが、ある状況下では極めて奇妙で、不気味な存在になりえることを諸君らは存じているだろうか、私は知っている。

想像してみ給え、例えば片方だけレンズの入っていない眼鏡のことを。例えば、道端に落ちている右手だけの手袋のことを・・・。

これでも諸君らはまだピンと来ないかもしれないが、仏前に供えられた冷や飯の前に片割れだけの箸が1本置かれていたとしたら、その様子は不気味と言わざるを得ない。
例えば━━、そう、そんなところだ。

話を戻そう。
ある状況下でと私は申し上げたが、その状況とはいかなるものか。

先ほどの手袋の例ですら私にとっては奇妙極まりないものなのだが、本来そこにあってはおかしい存在、さらにそれがぽつねんとそこに佇んで居る様に私はある種の恐怖すら感じるようになったのだ。

私のことを数十年来知る友人であれば、そういった私の感受性を━━これから諸君らに話すことについても同じく━━若い頃に夢中になって、1週間ぶりのご馳走であるチーズのかけらを見つけた時の飢えた鼠のように読破したH.P.ラブクラフトをはじめとした━━あえてジャンル分けをすれば━━怪奇小説やSF小説などの影響を色濃く反映し、豊かな想像力に支えられただけのものだと言うに違いない。

確かに私自身もそう思えれば、どんなに晴々とした気持ちで居られるだろうと考えることもある。

だが実際はちがう。

それは、なんとも荒唐無稽なことだと笑う者もいるだろう。

しかしながら私は、自分のこの二つの眼で、一対のしっかりとしたこの眼で確実に見たものを、そして今起きているこの事態を不幸なことながら到底否定することなど出来ないのだ。

 

 

ことの始まりはこうだ。

私は、朝9時から5時まで就労の公務員だ。毎週月曜日から金曜日まで働き、土日祝祭日はよほどのことがない限りは確実な休日となる仕事である。

心身ともに本来は健康で、器用と言うわけではないが、こと仕事にいたっては真面目なほうで、就職してからというもの、あのことがあって休みがちになるまでは皆勤であった。

それこそ、起床してみれば体は硬直し、声も出せず、その身に起こったことをしばらくは理解できなかったであろうグレゴール・ザムザのような変身でも起きない限りは“仕事を休む”ということは無かっただろう。

同僚に誘われれば、仕事帰りに馴染みの店でお互いに酒を酌み交わしながら上司の愚痴を終電時間間際まで吐き出すこともあるが、それは稀である。

毎日飽きもせず同じ通勤経路をたどり、就職したての頃は面白みを感じなかった仕事でも、今はかすかなやり甲斐を感じられるようになってきたものだ。

まずは、私の毎日の通勤路を話すべきであろう。
住宅密集地にある自宅前の隣接している道路を北へ200メートルほど進むと2つ目の十字路がある。
この十字路を地下鉄の駅に向かうため右に折れる、そしてその道を数本の分かれ道をやり過ごして進むと、突き当たりの街道沿いに休日以外は毎日利用する地下駅に潜るための階段がある。

これから諸君らに話そうと思うなんとも不可思議な存在に遭遇したのは、そんな通勤路の途中であった。

何時頃だっただろうか。律儀と言われればそうなのかもしれないが、私は毎朝ほぼ同じ時間に出勤する。
だからして、あのなんとも不可思議な存在との初遭遇は、おそらく午前7時半頃だと思われる。

その時は、路傍の石を一瞥するかのように横目でちらりと目に留めただけだったのだが、何故かその光景は私の脳裏に焼きつき、その一日はずっとそのことを考えながら仕事をこなした。

もう一人の自分が自分のことを客観的に見つめているなんてことは、あったとしても━━現実世界の自分自身では━━認識することなど出来ないのだから確かなことは言えないが、おそらくあの日の私は仕事の一つ一つが片付くたびに蛍光灯と防火用石膏ボードの継ぎ目しか見当たらない殺風景な仕事場の天井を見つめては「あれは何だったのか?」と深いため息を漏らしていたことは想像に難しくない。

それほどまで仕事中に上の空だったことは自分でも良く分かっているのだ。

そして、あれを見た後、地下鉄の駅へと続く階段を一歩一歩下りていくことが━━何かよからぬ者が潜む深淵に自ら降りていくように感じられ━━大層困難だったことも覚えている。

では、私が遭遇してしまったその奇妙なものとは何だったのか。もったいぶらずに話すことにしよう。

私が通勤途中に見かけたなんとも不可思議で奇妙なそれとは、靴である。

しかも道の真ん中にぽつねんと落ちていた━━いや置いてあった、それとも何者かの手によって、わざと置かれていたのかもしれない。
何にしても、朝の7時半頃の住宅地にある道の真ん中に靴があったのだ。

それも、左足の分だけ。

 

 

諸君らも考えてみたまえ。靴を、それも片方だけそんな場所に脱ぎ忘れる愚か者などいるのだろうか。

ましてや、落し物だとしても、靴という物の性質を考えれば、それが丁寧に包装された新品でもない限り合点がいかぬ。

仮にこう考えようではないか。
あの道の真ん中に置かれていた左足だけの靴は、私のような人間を貶めるためだけを目的とした愉快犯が存在し、物陰から“ぎょっ”とする人々の様子を見て嘲るためのものだと。

そしてそれは、終電過ぎまでしこたまの酒を呷り━━背中に羽が生え、そのまま天高く飛び立ってしまえると思えるほど━━良い気分となってしまった、そんな常識では到底考え及ばないことでも実行に移してしまうことが出来るようになった前夜の酔っ払いによる所業だと考えれば納得も出来よう。

いかにもその考えは常識人たる諸君らの、至極真っ当な考えである。
私もこの年齢まで生きてきた中での様々な事柄や経験を通じ、常識人だという自負もある。

もし私のことを「狂っている」と評する人間がいるのなら、燃・不燃・資源などという収集ごみの仕分けを一切気にせず、全てのごみをひとまとめにして集積場に出してしまう私の隣人などは「狂人を超えた存在」とその目に映ることであろう。

しかし、違うのだ。断じて違うのだ!

あの左足だけの靴は、そんなどうしようもない酔っ払いによる悪戯などといった類のものではなく、もちろん何かの拍子に脱げてしまって忘れ去られたものでも、落し物でもないのだ。

実際に諸君らもその眼であれを見ていたならば、私のこの話が荒唐無稽なものだと笑い飛ばすことなど出来ないこと必至。

それほどまでにあの靴はどこか禍々しく、私を不安にさせる言葉では表しにくいある要素を━━母親やガールフレンドを驚かせるための道具として幼い男の子が藪の中から見つけ捕らえてきた大きな蛇ほどに━━十分すぎるほど持っていたのである。

だからこそ、あの日、あれほど鮮明に私の脳裏に焼きついてしまったのだと断言できる。

そしてそのことは、━━毎日の通勤路上のそこにあった左足だけの靴に奇妙な感覚を覚えてしまったという「何故」は、その日の夕方も遅い時間から今にかけて「道理で・・・」という確信に変わってしまったのだ。

あの日、上の空だったとはいえ一日の労働を終えて帰路に付く頃には、朝出会ってしまった不可思議かつ奇妙な靴のことなど気にしないで居ようという、極めて常識人としての自分に天秤が傾いていた。

それにもかかわらず、あの左足だけの靴が家路を急ぐ私の視界にまたも入ってきたのである。

誰かの通行の邪魔となったためなのか、はたまた悪戯な子供たちに蹴飛ばされてそうなったのかは判別がつかないのだが、おそらくは後者だろう、今度は道の端、民家の塀と道路の境目に立てかけられるように件の靴はあった。

今となってはなぜあの時、あの靴の前にしゃがみこんでしまったのかは思い出せない。

その後、━━ようは今このとき、諸君らにこの話をしている今このときだ━━悔やんでも悔やみきれない事態となるのだが、やはり思い出せないのだ。

覚えていることといえば、気がつけば右手にいつもの仕事鞄を持ち、左手の人差し指のみに踵の部分をひっかけて件の靴をぶら下げながら帰宅するというなんとも間の抜けた姿の自分に、夕方の散歩中であった近所でも有名な愛犬家の老夫婦が「こんばんは」と挨拶を交わしてきたことくらいである。

かようにして、なんとも不可思議で奇妙な存在の左足だけの靴を自宅に持ち帰り、その晩は━━眠りたくても、どうしても寝付けなかったために、長い時間をかけてその靴を観察したのだが、観察を始めてすぐに気がついたことがいくつかあった。

件の靴は、その時私が履いていた靴と全く同じメーカーの同じモデルだったのだ。
そして、城に残していったガラスの靴にシンデレラの足がぴったりと納まってしまったように、元のサイズや履き古しによる甲部分の広がり具合まで恐ろしいまでに私の履いていた靴に酷似していたのだ。

人間とはいかに愚かで弱い生き物なのだろうか、止せば良いのに━━私の激しいまでの心臓の鼓動や脈拍、頭の後ろのほうで疼くずきずきとした痛み、額に玉のように浮かび上がってきた汗粒などが、必至に自分自身への警鐘を鳴らしているにもかかわらず、「そんな…、まさかだとは思うが」といった陳腐な衝動を抑えきれずに私は二つの左足用の靴を目の前に並べてしまったのだ。

「後悔先に立たず」とは、まさにあのときの私のことであろう。

しかしながら二つの左足用の靴を並べて観察をしている中で、━━あくまでその時だけだったのだが━━安心できることもあった。

通勤路で拾ってきた靴には、私の靴には無い、何か鋭利なもので引っ掻いたであろう傷があったのだ。

 

 

今現在、件の左足の分だけ道にあった靴は、もともと私が所有して愛用している同じメーカー、同じモデル、同じサイズの右足用の靴と並んで玄関横にある下駄箱の中に収まっている。

そして、こうして諸君らにこの話をしている私の目の前には、またも通勤路で拾ってきた別の品々が置かれているのだ。

この事実がいかに恐ろしいことか、私の知り得ているいかなる言語・語彙を使ったとしても正確に伝えることなど不可能であろう。

事態がこうなってしまった以上、私は覚悟を決める以外に出来ることが無いのだ…。

だからこそ、誰かにこの話を伝えなくてはいけないと思い至ったのである。

私と同じような事態に何人たりとも陥らないように…と。

 

                    ※次回放送に続きます。

 

この番組は、模造武器から服・パーツまで幅広い品揃えでグラールを豊かにするクバラ商会と、「ストレス解消に武器破壊を!」コロニー2F強化ショップKesla-Vaslaの提供でお送りいたします。

 

Haruru_3794  

 

改めまして、パーソナリティのハルルです♪

以前の放送で好評だった「エンゼル氏の書簡」とはまた違い、そして今までのラジオドラマともちょっと雰囲気の違う物語、いかがだったでしょうか?

当番組にとってはちょっと実験的?な文体と内容なので、忌憚ない感想をいただけると幸いです(^-^)

物語中に登場したH.P.ラブクラフトさんは実在した小説家です。独自の世界観をもった作家さんで、あえてジャンル分けをするのならば怪奇小説家となるのでしょうけど・・・私はちょっと違うかなと思っています。

好みもありますから、彼の全ての小説が・・・、とは言えませんが、そのミステリアスな物語に引き込まれてしまった熱心なファンも多い作家さんです。

読者だけでなく、現在活躍中の多くの作家さんの中にもその影響を色濃く反映されている方も大勢いらっしゃるほどです。

様々な小説、映画などにも多大な影響を及ぼしたラブクラフトさん、彼の死後にまとめられた、彼の小説をベースに構成された「クトゥルー神話」はそのジャンルでは有名ですよね。

この「クトゥルー神話」をベースにした小説、映画なども多数発表されています。

以前、グラールのお友達に教えて頂いたのですが、TVゲームでもそれをモチーフとしたものがあるそうです。

そして、グレゴール・ザムザとは、F・カフカさんの代表作「変身」の主人公です。

「変身」は、朝目覚めると自分の体が毒虫になってしまっていたという奇妙な設定のお話の中に、人とのかかわり方や、家族のあり方などをテーマに、痛烈な風刺も描かれている作品です。

こちらも有名な作品なので、読んだことのあるリスナーの方も少なくないでしょ?

そうそう有名な小説、そして作家さん、「ライ麦畑でつかまえて」などで知られるJ.D.サリンジャーさんが、今年の1月28日に亡くなられていたのですね。。。知りませんでした・・・。故人のご冥福を心よりお祈りいたします。

「ライ麦畑でつかまえて」も面白い作品ですよー、未読の方は読んでみてはいかがですか?

 

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今夜お届けする「どこかで聴いたことはあるけれど、曲名やグループ名はわからない名曲」シリーズは、 映画音楽からご紹介します!

1曲目はこちら!

Los Lobosで『La Bamba(ラ・バンバ)』です。(←You Tubeにリンクしています。別タブか別ウィンドウでお聴き下さい。)

この歌は、悲劇のR&B歌手、リッチー・ヴァレンスさんのヒット曲をロス・ロボスがカバーしたものです。

ヴァレンスさんの生涯は、ツアー中の航空機事故によって、僅か17歳で閉じられてしまいます。。。

1987年に製作された彼の短い生涯を描いた伝記映画「ラ☆バンバ(邦題)」の演奏シーンの吹き替えと主題歌に使われたのが、ロス・ロボスの「La Banba」なんです。

原曲はスペイン民謡をロックンロール調にアレンジし、アメリカで最初にヒットしたスペイン語で歌われた歌としても有名です。

映画でももちろん描かれいる航空機事故・・・、実はその事故では、3コードのロックンロールやドラム、ギター、ベースのみというシンプルなロックバンドの構成の生みの親とも言われるバディ・ホリーさんも亡くなっています。。。

メガネがトレードマークだったバディ・ホリーさん。ビートルズのジョン・レノンさんがホリーさんを見るまではメガネをかけていることを恥ずかしいと思っていたけれど、堂々とメガネでロックを奏でるその姿を見てメガネが恥ずかしくなくなったというエピソードもあります。

ローリングストーンズのミック・ジャガーさんやキース・リチャーズさんをはじめ、たくさんのロックスターに「本物の天才」と言わしめたホリーさんのお話や楽曲も今後の放送でご紹介できればと思います(^-^)

あ!「ラ☆バンバ」もとても良い映画なので、是非ご覧下さいね!

 

 

さて、本日最初のお便りは・・・

ペンネーム、オルガ・ゴルルコヴィッチさんからのお便りです。

ん?何かしら・・・お写真も同封されていますね。

『こんばんは♪新服と新ヘアスタイルでもはや元型のなくなった私です。さぁ、私はいったい誰でしょう!?』

ん~、、、えと、お写真はこちらですね。

Haruru_4940

えと、、、Olgaさんでしょ?(^-^;)

ペンネームそのままじゃないですか・・・。

4日に新しく配信された服・パーツは、それまでのものと雰囲気というか、デザインががらりと変わって、たしかにいつものOlgaさんではないですけど・・・。

でも、やっぱりOlgaさんでしょ?(’.’

ふふ、お似合いですよ(*^-^*)

 

 

えと、もう一通、新しい服・パーツに関するお便りですね。

こちらはペンネーム、花王製品さんから頂きました。

『新パーツのオラトリオフレームがすごく良い感じです。何が?というのは同封の写真で確認してね☆』

はい、お写真ですね?

・・・こちらですね。

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『ちなみに、手前の青くてカッコイイキャストが僕です!』

あの・・・手足がその・・・、なんだかすごいことになっているように思えるのですけど・・・(+_+)

オラトリオフレームは身長の高さにかかわらず、胴体部分の長さは変わらないのですね?

カッコイイ・・・というよりも、可愛い!ですね(^_-)-☆

 

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次のお便りは、ペンネームらっぴさんからいただきました。

『こんばんは♪』

はい、こんばんはー!

『いろいろなレアモンスターと出遭うことで称号がもらえますね!ハルルさんも称号集まりました?』

そうなのですよね、レアモンスターと出遭うことで称号がいただけるのですよね♪

ん~、、、私は、パーティープレイではメンバー全員には討伐記録が付かない不具合の影響もあって、ボスモンスター討伐数などの称号もほとんど獲得していませんね・・・。

チアーズセットやコルトバンスーツのための周回以外は、いつもどおり楽しんでいるうちにいつの間にか・・・といった感じで獲得した称号がほとんどです。

Haruru_4942 昨日も久しぶりのミッションを楽しんでいたら、ラッピー君が出現!

ガーディアンズ訓練生と戦うVRミッションでの出来事だったのですが、このミッションでラッピー君に出遭ったのは初めてかも!?

称号獲得ためにミッションを楽しむのも、お部屋に戻ったときにいつの間にか獲得していた称号の「!」を見つけるのも、どちらも楽しいですね♪

今後も称号はどんどん配信されていくそうなので、楽しみですね!

 

 

どんどんいきましょう!

続いてのお便りは、ペンネーム・・・あ、匿名希望さんですね。

『ハルルさんの記事を見て、自分も「決死の幻界/R」にソロで挑んでみました。惨敗でしたけどね![゜д゜]』

はい、難しいですよね・・・。

Haruru_4943 私も、その後数回はチャレンジしているのですけど、クリアはまだ出来ていません。。。

後半はどれも気の抜けないステージばかりですけど、やはりステージ8、9、10が鬼門ですよね(>_<)

皆さんと賑やかに楽しみたいので、本来ソロプレイは苦手なのですけど、こうした何かに挑戦!というのは好きなんです(^-^)

いろいろな方の攻略情報も伺ってみたいのですけど・・・、皆さんも挑戦してみませんか?

私も頑張ります!匿名希望さんもクリア目指してがんばって下さいね!

 

 

 

それでは、本日の2曲目をご紹介します!

スターシップで『Nothing's Gonna Stop Us Now』です。(←You Tubeにリンクしています。別タブか別ウィンドウも開いてお聴き下さい。)

こちらの歌は1987年の4月にビルボード誌のシングルチャート1位も獲得し、年間ランキングでも11位となった、80年代ポップスを代表するひとつですから、聴いたことのある方も大勢いらっしゃるのではないでしょうか?

でも、私にとってはランキングよりも、映画「マネキン」のテーマソングとして印象に残っている曲なんです(^-^)

もちろん今から23年も前の映画ですから、タイムリーに劇場で観たわけではありませんけど、すごーく面白い映画です♪

あらすじはね、、、芸術家を夢見る主人公のジョナサンはお仕事も、恋人との関係も上手くいかず、失意の日々を送っていたのですが、ある日偶然にもデパートのショーウィンドウに飾られている以前自分が製作したマネキンと再会します。
経営難にあったそのデパートに就職した彼は、ある夜、時空を旅する古代エジプト人女性の魂が宿ったマネキンから話しかけられます。
そして二人は・・・

これ以上は内緒♪気になった方は是非映画をご覧下さいね!

ご紹介したテーマソングも映画に合っていて、とても素敵なファンタジック・ラブコメディですよ(^_-)-☆

 

 

では、次のお便りにいきましょう!

えと、こちらは、ユメル君のお家に住みたいビオレさんからのお便りです。

え?住みたい・・・の?

『ハルルさん、相談があります。実は僕、みんなから「可愛い!」って言われるのが夢なんです。』

はい!わかりました!(^o^)丿

ということで、先日ビオレさんを訪ねて、夢のお手伝いをさせて頂きました♪

 

「こんにちは、ハルルです♪」

「ありがとうございます(*^-^*)」

「えと、可愛いって言われたいのですか?」

「はい!」

「ん~、そんなビオレさんが十分「可愛い」って思いますよ?(^-^)」

「いえ、そういうのではなく、見た目、容姿が可愛いって言われたいんです。」

「え!?あ、はい・・・容姿・・・ですか?」

「はい!」

「う~ん、では、何か可愛いお洋服を着てみる、というのはいかがですか?」

「はい、サンタドレスが以前より着てみたかったので、よろしくお願いします。」

「えと・・・」

「見せたいひとがいるんです!」

「あ、はい!」

「お願いします!」

「では、こちらのドレスで・・・はい、そこでポーズを・・・」

 

パシャ!

 

 

Haruru_4939

「はい、撮影終了です。お疲れ様でした。」

「ありがとうございました♪」

 

ビオレさん、いかがですか?夢は叶いましたか?(^_-)-☆

あれ・・・なんだかデジャヴ・・・

 

Haruru_3855_4  

 

さて次が本日最後のお便りになります。

こちらはのお便りは、聖地エガムにお住まいのペンネームオルゴーモン・アムレさんから頂きました。

『今日もジャッゴ探しで大忙しです!限定モンスターなので、ドロップアイテムもたくさん集めたい!でもハゲにはあげませんw』

はい、今はホワイトデーロビー配信中ですものね(*^-^*)

Haruru_4944_2 フィールドでは、通常のジャッゴ君に代わり、ジャッゴ・アムレ君が登場します!

ジャッゴ・アムレ君から、ホワイトデーキャンディがドロップされるのは皆さんももうご存知ですよね(^_-)-☆

私もブルースさんに納品はしないのですが、いくつか手に入れることが出来ました♪

バレンタインショコラや、今回のホワイトデーキャンディでデリバリーポイント(DP)もかなり貯まった方も大勢いらっしゃるでしょうね!

ジャッゴ・アムレ君探しのミッションは「白き聖獣」が人気のようです。

私もお友達と「白き聖獣」を周回することが多いのですが、そうするとツボ・デ・コットやザ・ブトンもたくさん集まりますよね?

そんなときには、そう!お友達のお部屋へプレゼントですよね!(^_-)-☆

 

でもね、、、

 

 

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セキュリティがしっかりされているお部屋も多いんです。。。(+_+)

 

Haruru_3855_5  

 

そろそろお別れのお時間となってしまいました・・・。

時間を忘れておしゃべり・・・は、是非グラールでね!(^_-)-☆

 

ブログラジオ「ハルルのTurn Up The Radio!」では皆さんからのお便りを募集しています。

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皆さんからのお便りをお待ちしてまーす(^o^)丿

 

それでは、次回放送もご覧のブログでTurn Up The Radio!

パーソナリティは、ハルルでした!バイバーイ♪

 

※今回ご紹介させて頂いたお便りは、(一部を除き)PSU内メールで頂いたものにペンネームなどをお知らせいただき、ご了承の上掲載しています。

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2009年3月 5日 (木曜日)

Turn Up The Radio!第十四夜

ピッ、ピッ、ピッ、ポーン!

 

 

 

 

 

 

 

(前回のあらすじ)

皆が家族のようと形容される小さな町。そこで郵便配達員をしている男は、町外れの小高い丘の上にある白い小さな家に、半年ほど前から頻繁に手紙を届けるようになった。

届けられる手紙はいつも、差出人はエンゼル氏、宛名はこの家に祖母と二人暮らしのメアリだった。

郵便配達員の男は、一度だけメアリらしき人物を遠めで見かけたことはあるのだが、直接手紙を手渡したことは無い、それどころか彼女の声すらも聞いたことは無かった。

配達のとき、いつもは玄関扉の隙間に手紙を挟んで帰るのだが、扉の開け放たれている春の日にメアリの祖母と会話したことで、配達員の思う“何故?”が少しずつ明らかにされていく。

それと同時に、次々にメアリに届く手紙に対する不可解な疑問も増えていった。

 

 

今日も僕は、町のいろいろな人たちに手紙を届ける。

それぞれの手紙がどんな内容なのか、一介の配達員である僕には推し量ることも出来ない。

しかし、良くも悪くも、ひとつの手紙が受け取った人のその後の人生までも左右することがある。

僕は、人々の様々な想いが文字という形を借りて綴られた“手紙”というものには、そうした力があると信じている。

そして、そんな手紙を届けることが僕の仕事であり、使命であり、生きがいでもある。

 

今日も、あの町外れの小高い丘の上にある白い小さな家へ僕は向かっていた。

少しだけ息を切らしながら丘を登り、目的の家の全貌が目に入ってから、肩から袈裟懸けにしている鞄より一通の手紙を取り出した。

もちろん、エンゼル氏からメアリに宛てられた手紙だ。

その日もあの春の日のように、扉は開け放たれていた為に僕は呼び出しブザーを鳴らし、メアリの祖母である老婦人がキッチンの扉(恐らくそうだろうと思われる扉)から出てくるのを待っていた。

「ん?」

老婦人を待っている間、何気なく手に持っていた手紙を眺めていたのだが、あることに気がついた。

その手紙の差出人住所は、僕の知らない土地のものだった。

この仕事を続けているうちに、行った事のある場所はもちろん、行った事の無い街の名前でもこの国のどのあたりに位置するのかは大体覚えていた。

でも、メアリに宛てられたこの手紙のエンゼル氏の住所にある地名は、未だかつて見たことの無いものだった。

もちろん、海外からのエアメールならば知らなくても無理は無い、でもこの手紙はエアメールではない。

しかし、広大な土地を持つこの国のことだ、僕の知らない地名があったとしてもおかしくは無いだろう。

「知ったかぶりも大概にしないと、笑われてしまうな。」

そんな風に自嘲気味な独り言を呟いたときに、老婦人はリビングの奥にある扉より、いつものエプロン姿で現れた。

「こんにちは、エンフィールドさん。郵便です。今日は少し暑いぐらいの陽気ですね。」

エプロンで両手を拭く老婦人に手紙を差し出しながら、差し障りの無い挨拶を交わす。

「いつもご苦労様です。そうですね、冷え込む一日よりはメアリの調子も良くて助かります。」

「調子?・・・あ、いえ、それでは失礼しますね。」

老婦人に手紙を渡すと、僕は足早に次の配達へと向かった。

そして、丘を下りながら老婦人の言葉を反芻していた。

メアリの調子・・・、確かに老婦人はそう言った。

もしかしたら、メアリは何かの病気を患っていて、あの家の2階に幽閉されているのかもしれない。

そうだとしたら、外出できないことの理由としても分かるし、外出が出来ないのであれば文通相手からの手紙を楽しみにしていることにも納得が出来るのである。

いくら顔馴染みだとは言っても、首を突っ込んではいけないものだと感じたので、あえてそれ以上を聞き出すことはしなかったのだが、差出人住所だけは最後まで頭の片隅に引っかかっていた。

 

その日の夜のこと、僕は仕事から帰宅すると、夕食もとらずに書斎に引きこもり、あることを調べていた。

(コンコン!)

開いたままにしてあった書斎の扉がノックされる音が耳に入り、扉を背にするように配置された机のイスに座ったまま振り返ると、そこにコーヒーカップとサンドウィッチの乗った皿を持って妻が立っていた。

妻は、机の上に用意してくれた夜食を置くと、心配そうに僕の顔を覗き込んだ。

「あなた、どうされたの?お食事もとらずに・・・、地図帳?」

「あぁ、ごめん・・・。心配をかけたね、どうしても調べたいことがあってね。」

妻が用意してくれた夜食を頬張りながら、今日あったことを話した。

「だめよ?差出人のプライバシーでしょ?・・・。タブーなのでしょう?」

「分かっているよ、あくまで個人的な興味なんだ。今日見た知らない住所が、どこの地名だろうってね。」

その時には、それ以上の詮索をする気ももちろん無かったし、見たことの無い土地名がどこのものだろうという至極単純な興味からの行動だったのは間違いない。

「先に休みますね。お体に障りますよ・・・、あなたもほどほどにね。」

「あぁ、ありがとう。おやすみ。」

「おやすみなさい。」

彼女におやすみのキスをしてからまた机に向かい、しばらくは地図帳とにらめっこをしていていたのだが、結局は件の住所がどこの土地のものかは分からずに、机に突っ伏して寝てしまっていた。

 

 

 

それから数日後、僕の郵便鞄にはまたメアリへの手紙が入っていた。

いつもどおり、あの丘の上の家に配達に向かうと、ポーチのロッキングチェアに老婦人が座っていた。

「こんにちは。今日も良い天気ですね、メアリへの手紙をお届けに参りました。」

「いつもありがとうございます。そろそろではないかなとお待ちしていたんですよ、これをお願いします。」

そういって老婦人は手紙を受け取ると、僕に新たな手紙を差し出した。

受け取った手紙の差出人はメアリ、宛名はエンゼル氏だった。

「では、お預かりします。良い一日を。」

その手紙を即座に鞄にしまうと、あることを確認したい衝動に駆られ、足早にその場を立ち去った。

配達先へ手紙を届けたついでに、新たな手紙を預かることはよくあることなのだが、メアリからエンゼル氏への手紙を預かることは、メアリへの手紙を配達し始めてから数ヶ月目にして初めてのことだったのだ。

思い返してみれば、文通とは言っても、それが一方的だったのは間違いない。

もちろん、僕の知らないところで、老婦人が町のポストへメアリからエンゼル氏宛の手紙を投函していれば、そんな僕の考えは邪推というものだろう。

しかし、あれほど頻繁に配達に向かう家で、今回だけたまたまタイミングよく手紙を預かったとは思えない。

何より、老婦人の“待っていた”という言葉からもこれが初めての返信だったことは、容易に想像が出来るのである。

僕は、丘のふもとまで到着してから、鞄より先ほどの手紙を取り出した。

「やっぱり、何かがおかしい・・・。」

その手紙の宛名の住所は、数日前にいくら調べても分からなかった土地とは違うものだった・・・。

そして、先ほど配達した手紙の差出人住所は、前回とも、今回預かった手紙とも違うものだったのである。

 

 

 

僕は郵便配達員にあるまじき重大な規約違反を犯した。

言い訳になってしまうのだが、それは、どうしても僕の心に芽生えてしまった疑念を晴らすために仕方の無いことだった。

もちろん、妻にも、局長にも、そのことは話せるものではない。

僕は、老婦人から預かった手紙に配達記録郵便の指定を付けてから、集便担当の者にそれを渡したのだ。

配達記録というのは、重要な書簡などが含まれる手紙を確実に相手側に届けるための有料サービスだ。

集便元、経由局、配達局、それぞれの担当者がサインをした上でその手紙を扱う。我々郵便局側が確実に配達されるように計らう、簡易的な書留郵便のようなものだ。

受取人のサインだけが必要な書留と違い、その手紙の集便、および配達に関わりサインをした担当者は、差出人の依頼があれば配達の行方を各局に確認することも出来る。

しかしながら、僕のこの行動が、更なる疑惑を招くことになるとは、このときは知る由も無かった・・・。

そして、この手紙がメアリからエンゼル氏宛の最初で最後の手紙になってしまうことも、このときには想像すら出来なかったのである。

 

 

 

それからというもの、メアリに届く手紙の差出人住所のメモを取ることが僕の日課となってしまった。

もちろん、この行為も許されるものではない。だが、そうせざるを得ないほどにメアリへ届く手紙には不可解なことが多かったのである。

そのほとんどは聞いたこともない土地のものだったのだが、幾度かは僕の知った土地の住所もあった。

そして、同じ住所から連続で手紙が届くこともあれば、昨日とは違った差出人住所で翌日に手紙が届くこともあった。

局の同僚にそれとなく尋ねたみたこともある。

「なぁ、同じ人に頻繁に届く同じ差出人からの手紙の住所が、その都度違うなんて事、そんな事あると思うか?」

「珍しい事かもしれないが、旅先から出されたものや、いろいろな場所を転々とする職業についていれば、そういうこともあるのかもしれないな。」

同僚の回答は、一応の納得が出来るものだったのかもしれない、でもやはり僕には不思議でならなかったのである。

そしてある日、僕はかねてより計画していたある行動に出た。

そう、あの手紙の配達記録の確認である。

あの手紙を預かってからおよそ一ヶ月、その後もエンゼル氏からメアリへの手紙が届いていることから、配達がされたことは間違いないと思っていたのだが・・・。

 

 

時を同じくして、ある噂も僕の耳にとび込んできた。

それを同僚からランチタイムに聞いた時には、その後の食事が喉を通らなかったほどだ。

その噂が本当かどうかは分からないが、町外れの小高い丘の上にある家の住人、メアリの両親が数ヶ月前から行方不明だというのだ。

いくら小さな町とは言っても、老婦人の言うように住人誰しもが家族のような関係で無いのは当たり前である。

ましてや、町外れの丘の上にぽつんと建っている家の住人のことだ。今更になっての噂だとしても、仕方が無いと思えた。

 

 

手紙に対する疑念。そして、あの家に老婦人とメアリだけが何故暮らしているのか・・・その片鱗が見えてしまったようで、僕は足取りも重く、今日もメアリへの手紙を届けに丘を登っていった。

                     (次週放送に続きます)
 

 

この番組は、クバラシティーのシンボル、クバラ商会と、只今強化成功率15%アップキャンペーン実施中のkesla-vaslaの提供でお送りしたします。

 

Haruru_3794  

『ハルルのTurn Up The Radio!!』

皆さんこんばんは、ハルルでーす。

えと・・・最初にお詫びを・・・。

冒頭のラジオドラマ、今回で完結せずに来週に続いてしまいました・・・すみません(>_<)

今回は物語の起承転結で言えば“承と転”といった感じですね。

今まで放送してきた物語とは違った雰囲気に、「ん?」と思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか?

いくつか感想のお便りも頂きましたので、ご紹介しますね!

このお便りは、モグモグシティーにお住まいのニー・ナニーニョさんから頂きました。

『ラジオドラマいつも楽しみにしています。今回はいつもとお話の雰囲気が違っていて、これはミステリー?それとも・・・と、展開を予想しながら楽しんでいます。続きが気になります(>_<)』

そしてこちらは、匿名希望さんからのお便りです。

『ブログラジオの小説をいつも楽しみにしています。手紙を題材にした映画や小説はそれなりにあると思うのですが、ハルルさんのつくる物語も楽しみにしています。』

えと、こちらは、P.N.アクアさんから頂きました。

『今までとは違った話ですね、結末を楽しみにしています。ふと気になったのですが、こちらの話にはタイトルはあるのですか?』

お便りをお寄せいただいた皆さん、ありがとうございました♪

こうして反応をいただけるのって、やっぱり嬉しいですね(^-^)

今回のラジオドラマはジャンルで言うと・・・。

う~ん、やっぱり内緒ですf(^-^;)

ショートストーリーなので、ジャンルを明かしてしまうと結末が簡単に予想できてしまうような気がします・・・。

ただ、確かに今までのラジオドラマとは違った物語になるようにとつくったものなので、そう感じていただけたのをとても嬉しく思います♪

アクアさんからの“タイトルは?”という質問ですが・・・、タイトルは大丈夫かな?

今回の物語のタイトルは「エンゼル氏の書簡」です。

えっ?そのままですか???でも、そういうタイトルなんです。。。すみません・・・(+_+)

メアリに届く不可解な手紙の謎とは?、メアリの両親は本当に行方不明なのでしょうか?、次週で完結します。お楽しみに!!

 

 

 

 

・・・

本当に、次週で完結するのかしら・・・。

 

Haruru_3699  

 

それでは、今夜のBGMをご紹介します。

はい、もちろん今夜も“タイトルは分からないけれど、どこかで聴いたことがあるシリーズ”からこの歌をお届けします。

ロバータ・フラックさんでKilling Me Softly with His Songです。(←タイトルがYouTubeにリンクしています。右クリックより別タブか別ウィンドウで開いてお聴き下さい。)

この歌は1972年にロリ・リーバーマンさんという方が発表されているのですが、その時にはヒットせず、偶然この歌を耳にしたロバータ・フラックさんが1973年にレコードをリリースし、ビルボード誌のチャート5週連続1位のほか、グラミー賞なども受賞したヒット曲となりました。

近年のフージーズをはじめ、様々なアーティストにもカバーされヒットしていますので、きっとどこかで耳にされているのではないでしょうか?

 

ある見知らぬ男性シンガーの歌が、偶然にも自分の人生を表しているかのようだった。

そんな彼の歌は、言葉は、私の深い絶望を知っているかのように私の心に語りかけ、それまでの私を優しく葬り去ってくれた。

そんな風に歌われているこの曲は、優しくも何か切ないメロディが素敵な歌ですよね。

 

Haruru_3699_2  

 

では、お便りを紹介したいと思います。

P.N.青い布地と黄色い腰紐さんからのお便りです。

『俺の描く絵は世界遺産級に素晴らしく、素敵で、豪華で、最高だと思うんですが・・・。皆さんがモデルになるのを何故か遠慮してしまいます。これはみんな照れてるんですよね!』

ん?何でしょう?イラストも同封されていますね。

・・・

えと・・・、裏に「最新作 ウォーダン」って、書かれています・・・。

こちらがそのイラストです。

 

Haruru_3815   

こ、これって!?も、もしかして!

この版画のような素朴で柔らかいタッチと、人物の憂いのある眼差し・・・。

えと・・・、うわっ!作者のサインも本物ですね!

これは間違いなく、21世紀の新印象派との呼び声も高い、ハレ画伯のイラストではないでしょうか?

ウォーダンさんの肖像画も、ハレ画伯が描くと、ある意味アートになるのですね!

えと、青い布地と黄色い腰紐さん、これは皆さん遠慮されるのもわかりますよ。

だって、ハレ画伯のモデルになるなんて・・・、私も恐れ多くて、つい遠慮してしまいます!なので、皆さんのお気持ちわかりますよ!

そうね、例えるなら・・・。

ラシュモア山ってご存知かしら?

アメリカの歴代大統領4人の巨大な顔が彫刻されている、あの岩山です。

自分は一般人にもかかわらず「あなたの顔も大統領たちの隣に彫りますよ?」と言われても、ほとんどの方が遠慮されると思います。

そんな感じかしら?(^-^;)

 

でも、オル○ガさんとク○オレさんが、ハレさんへのブログコメントで「モデルになりたい!」って書かれていませんでした?

今度は彼女たちを是非描いてみてください!

私はその結果を拝見してから、モデルに立候補するか決めさせて頂きますね!

・・・あれ?f(^-^;)

 

 

注)ハレさん、冗談ですよ?どんどんお友達を描いてみてくださいね!楽しみにしています♪

 

Haruru_3699_3  

 

Haruru_3816 GPS報酬期間中は(12日のメンテナンス前まで)、銀のボルコインを一日15枚いただけます!

忘れていませんか?大丈夫?

この機会にルーレットやスロットマシンで、思いっきり遊ぶのも良いですし、貯めておいてシュバリエ・エッジや、ロボピッチ・グレネードなどの高レート景品との交換もいいですよね!

 

そして、そのカジノボルワイヤルで、ユーザーイベントが開催されます!

ギンジローさん、緑茶王さんらが合同で主催される「カジノイベント TURNx」3月7日の土曜日、夜10時よりユニバース07のカジノボルワイヤルにて開催されます。

このイベントでは、カジノのルーレットを使ったビンゴと、ルーレットの赤と黒のマスを使ったサバイバルチャレンジの2つのゲームが催されます。

私もギンジローさんやお友達とこのビンゴゲームのリハーサルを秘密裏に!?行ったのですが、すごく楽しめました♪

すごく良いアイデアだと思います(*^-^*)

詳しくは左のブログリンク集にある「心の足跡」「緑茶王の暴走生活」をご覧下さい。

私も楽しみにしているユーザーイベントです。皆さんもご一緒にたのしみましょ?(^_-)-☆

 

そして、私ハルルも、ギンジローさんたちのイベントの翌週の土曜日、えと、3月14日ですね。

この日の夜10時から○×クイズイベントを開催させていただきます♪

よろしければお友達もお誘いあわせの上、是非ご参加下さいね(^-^)

 

さらにその翌週の週末には、ヅネわんたんさん主催の第19回哀グラも開催されます!

詳しくはこちらをクリック!→よしえさんってどなた???

20日の春分の日から22日までが開催期間となっているようですが、まだ暫定的なもののようですね。

詳細が分かり次第、私のブログでもご案内したいと思います。

 

 

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皆さんからのお便りをお待ちしてまーす(^o^)丿

 

今夜もお時間となってしまいました・・・、来週もまたTurn Up The Radio!

それでは、パーソナリティーはハルルでした。
バイバーイ!!

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2009年2月26日 (木曜日)

Turn Up The Radio!第十三夜

ピッ、ピッ、ピッ、ポーン!

 

 

 

 

 

 

 

町外れの小高い丘の上にある一軒の白い小さな家。

この町に古くから存在している家屋ならば珍しくない木造2階建ての小型住宅だ。

昼下がりにそこでくつろぐためのロッキングチェアとテーブルが置かれ、その横にはハンモックのぶら下がるポーチ。

細い横木が幾つも重ねられた外壁、もちろんその外壁もポーチへの短い階段も、ポーチの手すりも、全てが白く塗られている。

ポーチに面している外壁の窓や玄関先から中の様子を伺うと、殺風景ではないが、シンプルに配置されたソファやテーブル、天板の上に無数の写真立てが並んでいる背の低いタンスが2つ、カーペットの色は臙脂(えんじ)で特に模様は無い。

そのリビングの壁には、新聞の切り抜きと表彰状や卒業証書らしきもの、そして大小沢山の写真がそれぞれデコパージュされていたり、木製だったり真鍮製だったりの額に収められ飾られている。

リビングの奥には2階へと続く階段と、他の部屋への廊下、キッチンへ繋がっているだろう扉があった。

 

僕は郵便局の配達職員。

それまでほとんど配達に来たことの無かったこの家には、半年ほど前から毎週のように同じ差出人から1通から2通の手紙が届く。

多いときには1週間で4通の手紙が届くこともあった。

幾度も訪問するにとになったその家の外の様子も内装も、知らずの内に覚えてしまっていた。

そして、その手紙たちの差出人名と宛名も、もちろんである。

 

 

2ヶ月ほど前のことだろうか?その日もこの家に手紙の配達で訪れた。

春の爽やかな風を呼び込むためだろうか?玄関の扉は開け放たれていたのだが、リビングに人影は無い。

この家には郵便受けが設置されていないので、玄関が閉まっている時にはその隙間に手紙を差し込んでおくのだが・・・。

(ビー!ビー!)「エンフィールドさーん!郵便でーす!」

呼びベルを鳴らし声をかけると、リビングの奥の扉から腰が少し曲がった老婦人がエプロンで手を拭いながら現れた。

僕の服装から郵便配達員だということはすぐに分かってもらえたらしい。

「いつもご苦労様です。あ、少しお待ちくださいね。」

微笑みながらそう言うと老婦人はリビングの奥の扉へいそいそと入って行く。

丘の上にあるこの家に配達に来ると、いつも少しだけ息が上がり、額にうっすらと汗もかいてしまうため、帽子を脱いでその帽子で自分の顔を扇ぐのが癖になってしまっていた。

玄関へ戻ってきた老婦人の両手には、レモネードの入ったグラスの乗るお盆があった。

「どうぞ、お時間よろしければそこのイスで少し休んでいってくださいな。」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。」

僕も遠慮することなく笑顔で応えると、ポーチのロッキングチェアに座り、振舞われたレモネードで喉を潤した。

 

「あ、エンフィールドさん。忘れないうちに先にこれを。」

手紙を差し出すと老婦人は両手でそれを受け取ってくれた。

「今日もエンゼルさんからメアリさんへの手紙ですね。文通・・・でしょうか?あ、いえ、詮索はいけませんね。失礼しました。」

「いえいえ、いいんですよ。こんな小さな町では皆家族のようなものですからね。きっと文通相手なのでしょう、孫もこの手紙をいつも楽しみにしているんですよ。」

「お孫さん・・・、そうなんですね。」

手紙をいつも楽しみにしている・・・、そんな手紙を届けることが出来るのは配達員冥利に尽きるのではないか? そう思ったら、僕は自然と笑顔になっていた。

「では、次の配達もあるので、そろそろ失礼します。ありがとう、ご馳走様でした。」

「いいえ、こちらこそありがとうございます。町外れのこんなところまでいつもありが・・・。」

「いえ、仕事ですし、何よりお孫さん、メアリが楽しみにしている手紙を届けられるのが嬉しいのです。」

嫌味のつもりではなく、正直な気持ちを口にしたのだが、老婦人の労いの言葉を途中で遮る格好となってしまったために、「失礼ではなかったか?」などと考えながら先ほど登ってきた道を僕は引き返した。

 

丘の中腹まで来て、ふとあの家を振り返って見ると、ちょうど2階の窓から屋根までが僕の視界に入った。

2階の窓は開いていて、そこにはこちらに大きく手を振る人物がいる。

「ん?」

一瞬誰だろう?と思ったのだが、すぐにその人物が、僕の届ける手紙を楽しみにしているメアリだと思った。

この場所からでは彼女の表情まではわからない、けれど、春風に揺れる金色の髪と、白い洋服だけは見て取れた。

僕も大きく手を振りメアリに応えると、足早に坂を下り、次の配達先へと急いだ。

 

 

そんな出来事があってからというもの、老婦人とは挨拶だけでなくいろいろな話をするようになった。

僕の妻が焼いたクッキーを、手土産に持っていくこともあった。

いろいろな話とは言っても、他愛のない世間話がほとんどだ。

しかし、ある日の老婦人との会話で、なぜメアリが文通相手からの手紙を楽しみにしているのか、なぜメアリは一度として2階より下りてこないのか、なぜあの家に祖母と孫の二人暮らしなのか・・・、その理由が分かったのだ。

 

そして、改めて考えると、メアリに次々に届く手紙にも不思議なところが多々あった。

もちろん郵便局員の僕には、そのことをメアリ本人にはもちろん、老婦人にも問い質すことは出来ない。

 

そうあの日・・・、あの時まで僕は、その不思議な手紙をメアリに届け続けていたんだ・・・。

                    (次週放送へ続きます)

 

 

この番組は、最強武器のご用命は酒場までどうぞのクバラ商会と、今ならお得!強化成功率アップでのご利用は当店までkesla-vaslaの提供でお送りいたします。

 

Haruru_3794  

皆さんこんばんは、ハルルでーす♪

今夜もラジオドラマから始まったTurn Up The Radio!

今回は不思議な手紙と、それを届ける配達員のお話です。

メアリと、メアリが楽しみにしている手紙の秘密?は、次週放送で明らかになります。お楽しみに!

 

さて、今夜のBGMは、タイトルは分からないけれどどこかで耳にしたことのある名曲シリーズ、CCRの『雨をみたかい?(Have you ever seen the rain?)』をお届けします。(←曲タイトルがYouTubeにリンクしています。右クリックより別タブか別ウィンドウで開いてお聴き下さい。)

この歌も私が勝手に命名した「タイトルは分からないけれどどこかで耳したことのある名曲シリーズ」の代表のような歌ではないでしょうか?

1971年に発表されたこの歌は、その後もいろいろなアーティストにカバーされたり、映画のサウンドトラックに使われることもありますので、どこかで耳にされていることと思います。

歌詞には、

 

嵐の前には静けさがあるとずっと前に教えてもらったんだ、

そうだね、ここ最近はそんな感じがする・・・。

皆が言うには、それが終わったら空は晴れているのに雨が降るんだって。

わかってる、それって雨のように陽射しが降り注ぐってことだよね。

 

教えて欲しい、君は雨を見たかい?

ねぇ、知りたいんだ。君はそんな風に晴れた日に降る雨を見たことがあるの?

 

昨日も、そしてそれまでだって、太陽は冷え切って、激しく雨が降っていた・・・、知ってるさ、それが僕のこれまでの人生だって。

速くなったり、遅くなったりしながら、そんなことがぐるぐると永遠に繰り返されるんだ。

分かってはいるんだ、何故かは分からないけど、それは止められないんだ。

 

教えてよ、君は雨を見たかい?

教えて欲しいんだ、嵐の後の陽射しの雨を君は見たことがあるのかな?

 

と歌われています。

これだけだと、静けさの後にやってくる嵐もあるけれど、更にその後に見ることが出来る雲を割って差し込む陽射しもあるんだよと、何か人生の応援歌のように聞こえます。

ですが、実はこの歌はベトナム戦争の反戦歌なんです。

歌われている“雨”は、ナパーム弾の絨毯爆撃のことを隠喩しているそうです。

発表された当時はそういう時代だったのですね・・・。

ベトナム戦争も終結している現代でこの歌を聴く私には、それがどれほど凄い嵐だったのかは想像しかできませんが、やはりその嵐のあとには雲の切れ目から太陽が顔を出し、暖かな陽射しが注ぎ、それがまたやってくる嵐の前の一時の静けさだったとしても、平和が訪れたのでは・・・と思うのです。

やはり当時とは違った感性で受け止めることしか出来ませんが、争い事や、様々な悩みなど、どんな嵐でも最後には晴れるんだよと歌われているように感じます。

 

この歌に歌われている言葉ではありませんが、

“人生の中で時折目の前に現れる壁、でも、その壁は、高い低いに関係なく、それを乗り越えられる人の前にしか現れません。”

この言葉、あなたならどう受け止めますか?

 

Haruru_3795  

 

それではお便りをご紹介したいと思います。

P.N.胃の中のおかず大腸を知らずさんから頂いたお便りです。

あの・・・、このペンネームは何でしょう?新しい諺ですか?(^-^;)

『こんばんは。ハルルさんのラジオでは、古い曲がよく紹介されていますが、もしかしてアラフォー世代ですか?』

違います!(キッパリ)

アラフォーという言葉、ファッション雑誌などでもよく目にする言葉ですが、皆さんはこの言葉の意味ってご存知ですか?

アラフォーとは、around 40(アラウンドフォーティ)の略で40歳前後(35~44歳)の女性をさす言葉なんだそうです。

私は違いますよ(>_<)

音楽好きのお父さんや友人の影響で、確かに古い曲もよく聴きますが、現代の音楽だって好きですよ(^-^)

ただ、今の音楽っていろいろなところで紹介もされていますし、自然に耳にする機会も多いと思うので、逆に60~80年代の楽曲のほうが新鮮に聴いて頂けるかなと選曲しています。

それにルーツやパイオニアって、やっぱり凄いなって思うんです。

あなたの好きなアーティストのインタビューで、音楽的な影響を受けたグループや人物の話題って聞いたことや目にしたことがありませんか?

そうしたルーツをたどる事で、好きなアーティストの楽曲をより新鮮に聴くことが出来ることも多いんですよ?

現代のように、何もかもが溢れている前の時代、その時代にパイオニアたる表現者達によって作られたユニークなオリジンには、歌に限らず様々なものに力強さまで感じることが出来ます。

温故知新、故(ふる)きを温(たず)ね新しきを知る。良いことだと思いません?

そんな気持ちから、Turn Up The Radio!では、少し前の世代の楽曲たちを紹介しています。

私がアラフォー世代だからではありませんよ(>_<)

 

でも、どの時代の歌でも結構です、リクエストもお待ちしています。

みんなにこの歌を聴いてもらいたい!こんな思い出のある歌だから取り上げて欲しい、など、どんどんお便りくださいね!

 

 

 

では、次のお便りです。

こちらはニューデイズにお住まいのP.N.おみくじは中ばかりさんからのお便りです。

『ハルルさんこんばんは!ニューデイズGBRが報酬期間と一緒に始まりますが、初の50%を目指して頑張りたいと思っています。ハルルさんも目標は50%ですか?』

はい、こんばんは♪

今日のメンテナンス明けより、ガーディアンズ・ブーストロード(GBR)とガーディアンズ・パーティースコアリング(GPS)の報酬期間が始まりましたね!

そうですね、まずはGBRのドロップブースト率に関しては50%到達が1つの目標になると思います。

今回のGBRは、GPS報酬のブースト率20%スタートがあるので、今までのGBRよりも早くに50%を達成される方が大勢いらっしゃるのではないでしょうか?

まだ始まったばかりなので、新規追加された対象ミッションのS3ランクに、どんなレアアイテムがドロップされるのかは分かっていませんが、6人パーティーで周回できますから、お友達と賑やかに楽しみたいと思っています♪

Haruru_3793 そして先ほど、対象ミッション4つのS3ランクを1周だけ楽しんできました(^-^)

S3なので、各ポイントは6ポイント。

ドロップ率アップも+20%から+24%になりました。

 

今回の配信では、武器や防具の合成、武器強化、そしてGBRやマガシ抹殺計画などやりたいことが沢山あって、どれから楽しもうかなって迷ってしまいますよね(≧▽≦)b

GBRは1ヶ月間の開催ですから、そちらはのんびり。

2週間限定のGPS報酬期間をまずは楽しもうという方も多いのかもしれませんね!

ボルコインを毎日頂くのも忘れないようにしないといけませんよね(^_-)-☆

 

Haruru_3795_3  

 

前回第十二夜の放送でいただいたコメントの中に、冒頭のラジオドラマ内で使用したお写真についてのコメントを頂きました。

Haruru_3778_3 ←このお写真についての事だと思うのですが、「よく撮ったなぁ。」や「(月と)周りの風景を上手く撮るのは難しいと思います。」というコメントを頂きました。

えと・・・、ごめんなさい。。。

1回の撮影で、この風景を撮影することは出来ません・・・(+_+)

はい、もうお分かりですよね・・・、夜の街並みの風景と月の画像を合成しています。

そして、瞬く星たちは私が手書きで加え、月を目立たせるために街のぼかし加工も私がしたものです。

お写真のブログではないので詳しい説明は省かせて頂きますが、実は月が被写体で35mm版フィルムの場合、フィルム上には焦点距離(mm)の100分の1の直径でしか写すことが出来ません。

焦点距離300mmの望遠レンズを使っても、フィルム上(プリントされたお写真ではないですよー)には直径3mmという大きさでしか写すことが出来ないんです。

35mm版フィルムよりも小さなフォーマットのセンサーを持つ、コンパクトデジタルカメラや、デジタル一眼レフカメラの方がより大きく写すことも可能ですが、それでも画面いっぱいに月を写そうと思うとそれなりの基材や知識が必要となります。

もともと、月や星たちなど、かなりの距離がある被写体の天文写真は天体望遠鏡やテレスコープにカメラを設置 して撮影しなければ大きく写すことは不可能なんです。

もちろん例外もありますよ?
一眼レフカメラに焦点距離1000mm以上のレンズを装着して、テレコンバーターといわれる焦点距離を倍増する基材を使えば月を大きく写すことも可能です。
でも、あるメーカーの一眼レフ用の1200mmレンズは1000万円近くもする受注生産の高価なものでした。。。

じゃあ、焦点距離の長いレンズで上のような風景を撮影すれば?というご意見もありそうですが、やはり無理なんです。。。

街並みを写したレンズの画角、えと、簡単に言えば焦点距離による写り方の違いですね。それがどう見ても望遠レンズではなく35mmフォーマットで言えば、24mmか28mmといった広角レンズの写り方なんですね。

街並みを生かすために広角レンズを使えば、そこにフレームインしている月は焦点距離の関係でどうしてもものすごく小さく写ってしまいます。

逆に月を大きく写すために望遠レンズを使えば、お写真のような街並みの写り方はあり得ないんです・・・。

 

というわけで・・・、このお写真は物語を演出する上で、合成による嘘があるんですね(>_<)

でも、映画や小説などでも、演出のための誇張など、上手な嘘って必要だと思うんです。

あ、私のお写真の合成や、物語の演出が上手という意味ではありませんよ?まだまだですから・・・f(^-^;)

例えば、映画などで見られるサウンドエフェクトもそうですよね。ほとんどが誇張された“音”を使っています。

サスペンスドラマなどにみられる銃で撃たれた犯人が後ろへ吹き飛ぶ?シーン、あれも力学の作用反作用の法則を考えれば、撃たれた犯人が吹き飛ぶのであれば、(反動を相殺するための何らかの工夫がされていない限り)その銃を撃った本人も同様に後ろへ吹き飛ばされなければなりません。

リアルになんでも再現してしまうと、逆にそう見えなくなってしまったり、迫力の無いものになってしまうのですよね・・・。

なんだか、お写真を褒めていただいたのに、すみませんでした。。。(+_+)

 

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ここで、ユーザーイベントのお知らせです。

ギンジローさん、緑茶王さんらが合同で主催される「カジノイベント TURNx」が3月7日の土曜日、夜10時よりユニバース07のカジノボルワイヤルにて開催されます。

このイベントでは、カジノのルーレットを使ったビンゴと、ルーレットの赤と黒のマスを使ったサバイバルチャレンジの2つのゲームが催されます。

私もギンジローさんやお友達とこのビンゴゲームのリハーサルを秘密裏に!?行ったのですが、すごく楽しめました♪

すごく良いアイデアだと思います(*^-^*)

詳しくは左のブログリンク集にある「心の足跡」「緑茶王の暴走生活」をご覧下さい。

私も楽しみにしているユーザーイベントです。皆さんもご一緒にたのしみましょ?(^_-)-☆

 

そして、私ハルルも、ギンジローさんたちのイベントの翌週の土曜日、えと、3月14日ですね。

この日の夜10時から○×クイズイベントを開催させていただきます♪

よろしければお友達もお誘いあわせの上、是非ご参加下さいね(^-^)

 

 

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それでは今夜はここまで・・・、来週もTurn Up The Radio!

パーソナリティーはハルルでした、バイバーイ!!

 

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